新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

まだ「のぞみ」がなかったころ

 「偽りの時間」改め「影の複合」でデビューした、アリバイ崩しの大家津村秀介の第二作が本書である。鮎川哲也「準急ながら」などに触発されて、公共交通機関を使ったアリバイトリックミステリーを書いたものの、デビュー作はあまり売れず。後に改題して復刊したところ売れたという話は以前紹介した。

 

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 デビュー作が売れなかったからこそ第二作には力が入るもので、それが吉と出るか凶と出るかは執筆時点ではだれにも分からない。初志貫徹、作者は第二作でも新幹線を中心に据えたアリバイトリックで長編を仕立てた。
 
 新横浜駅付近のホテルで、午後男が毒殺される。部屋に入り直ぐ立ち去った黒いスーツの女が容疑者である。女はタクシーの運転手に「こだま269号に間に合うように」と言って、徒歩でも行ける新横浜駅に急がせた。やがて黒いスーツの女も毒殺死体となって三島駅付近の工事現場で発見される。死亡推定時刻はその日の夕刻。女は「こだま269号」で三島まで来て、そこで死んだものと思われる。
 
 新横浜のホテルを予約した病院の事務長、ホテルに泊まるはずだった出版社の営業課長、事務長の愛人と思われるジュエリー・ブティックの女社長が捜査線上に浮かぶが、いずれもにもアリバイがあった。また死んだ男が持っていた金属板は、金沢の金属加工会社から盗まれた「金地金」であることがわかる。石川県警と神奈川県警の合同捜査でほぼ容疑者は絞られるのだが、その人物には当日金沢駅からL特急しらざぎに乗り米原で「こだま258号」に乗っていたというアリバイがあった。
 
 まだ「のぞみ」はなく、「ひかり」「こだま」の2種類があるだけ。新富士掛川三河安城の各駅もない時代の東海道新幹線である。カギは新横浜~三島の各駅の構造である。新横浜駅のホームは上り下り各2本、小田原駅は上りホームと下りホームの間に通過の線路が2本、熱海駅には通過線路がなく上り下りが別ホームである。
 
 舞台となった三島駅は島式のホームに上り下りの列車が向かい合わせに停まり、通過線路はその外側を通る特殊な構造になっている。これは今も変わらない。作者は、こだまでこの駅に停車してひかり号の通過を待っている間にこのメイントリックを思いついたのだろう。
 
 冒頭の男がホテルで殺される経緯について関係者の証言は、とても信用できないものだ。いかにも作り物めいた感じなのだが、その違和感もアリバイ崩しの段階になると忘れて夢中になってしまう。前段の違和感と後段の興奮、本書についてはそのギャップも魅力なのかもしれません。