新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

悪魔のように頑固な娘

 ミステリーの女王アガサ・クリスティは、最初の結婚に失敗した後14歳年下の考古学者マックス・マーロワンと結婚し安定した生活を取り戻した。それが1930年のことだから、ミステリー界の「黄金の1930年代」に間に合ったと言うべきかもしれない。このころから、クリスティ(離婚・再婚後も、最初の夫アーチボルト・クリスティの姓を使っている)の作品の円熟味が増した。

 
 1932年発表の本書もそんな一冊、引退を宣言してしきりに自らの高齢なことをなげくポアロが、南海岸の保養地で事件に巻き込まれる。ポアロヘイスティングス大尉が滞在するホテルに近い海岸に建つ古びた館がエンド・ハウス。かつての富豪バックリー家のものだが、今は落ちぶれて末裔のニック・バックリー嬢がひとりで済んでいるだけ。

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 ところがある日から、彼女の周りで不信な事故が頻発する。重い額縁がベッドに落ちてきたり、岸壁の上から岩が落とされたり、車のブレーキに細工されていたりする。そして彼女がポアロと話している最中に、モーゼル拳銃で狙撃され帽子に弾痕が残った。ポアロは引退を返上、彼女を守ることを誓う。
 
 例によって鼻持ちならないポアロの自慢が連発され、「ポアロの名前を知らない人など誰もいない」などとおっしゃる。しかしそれ以上に印象深いのが、ニックの頑固さ。自分が狙われていることを全く納得しない。どれだけ説明しても理解しないニックに、「悪魔のように頑固だ」とポアロが評する。
 
 ニックは愛称で本名はマグダラ・バックリー、彼女によると祖父がつけた「Nick」という愛称は子供のころから頑固だったかららしい。「Nick」には悪魔の意味があると注にあるが、エラリー・クイーンが相棒ニッキー・ポーターを誕生させたときも、「Nicky」には邪悪の意味があるから綴りは「Nikki」だというくだりがあった。
 
 それでもようやくニックはポアロの進言の一部を受け入れ、身辺に気を付けること、いつも一緒にいてくれる人を置くことを承知する。呼ばれたのは、従妹にあたるマギー・バックリー。目立つ美女であるニックに比べると地味な娘だが、背格好はよく似ている。そして花火の夜、その音に紛れて再びモーゼル拳銃が発射されたが、その犠牲者はニックではなくマギーだった。現場にいたポワロは、「失敗だ」と叫び自らを責める。
 
 解説にあるのだが、全編がトリックのようなミステリーだという印象は同じである。「アクロイド殺害事件」や「オリエント急行の殺人」にも見られるこの大技を、クリスティは時々使う。面白く読んだ、ヒネた読者の中には作者の意図を(ポアロより早く)見抜く人もいたはずだ。それにしてもポアロは引退、引退と騒いでいますが、1972年発表の「象は忘れない」までポアロは探偵役を続けます。相当な長生きですよね。