新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

キャンピオン氏の少年時代の記憶

 マージェリー・アリンガムという女流作家は、英国ではアガサ・クリスティ、ドロシー・L・セイヤーズ、ナイオ・マーシュと並んで同時代の4大女流ミステリー作家として知られている。ただほとんど日本に紹介されていないマーシュほどではないにしても、日本の読者は多くないと思う。生涯で20余の長編を遺し、その多くはアルバート・キャンピオンを探偵役にしたものだ。

 

 キャンピオン氏は30歳代半ば、青白い顔の長身の男。どこか頼りなさげに見える青年貴族という設定である。セイヤーズのウィムジー卿のように従者を連れている。ラッグというその従者、口は悪く品位もないがなかなか役に立つ男だ。

 

 作者の名前は知っていたのだが、実は作品を読むのは初めて。20余の長編も15冊ほどは邦訳されているのだが、正直Book-offでも見かけることはほとんどない。ある意味希少価値のある作品・作者である。本書は日本で独自に編まれた短篇集の三冊目、短編集と言いながら短めの長編「今は亡き豚野郎の事件」ともう一つの短編、それに作者の死後クリスティが送ったという追悼文が収められている。

 

        f:id:nicky-akira:20201117201406j:plain

 

 「今は亡き・・・」は230ページほどの長さだが、ドイルのホームズもの長編よりは長い。1月にキャンピオン氏は訃報と葬儀の案内状を受け取る。死んだのはR・ピーターズという男、しばらくしてキャンピオン氏は小学生のときいじめを受けた同期の「豚野郎」だと思い出す。殺されかけた彼は、ピーターズに向かって「お前の葬儀には絶対出る」と宣言していたのだ。

 

 迷った末葬儀に顔を出したキャンピオン氏は、6月になって知り合いのレオ大佐からその街に呼び出される。レオ大佐たち街の<千鳥足の騎士団>がある男ともめていて、相手が無法にも街の乗っ取りを図っているという。ところがキャンピオン氏が行ってみるとその相手は150kgもある植木鉢の下敷きで死んでおり、しかもそれは「豚野郎」その人だった。

 

 1作読んだだけで評価はしづらいのだが、キャンピオン氏の捜査や推理にあまり特徴的なことはない。ストーリー展開がゆっくりしていて、派手なアクションもない。まあそれがこの当時の英国ミステリーなのだろう。ただ最後に明かされるトリックは小粋、このような小技が得意な作家なのだろう。全編を通じて、古き良き探偵小説の世界でした。また機会があったら、キャンピオン氏の活躍を読んでみたいと思います。