新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

黒と白のブルックリン、1947

 ボストンの軽妙な私立探偵スペンサーものしか読んだことのなかったロバート・B・パーカーのノンフィクション風ハードボイルドが本書。アメリカ人なら「誰も」が知っている近代最初の黒人大リーガー、ジャッキー・ロビンソンとその周辺の人物が実名で登場する。ロビンソンはもちろん、ブルックリン・ドジャースのジェネラルマネージャであるブランチ・リッチーも、とても生き生きして本物らしい。

 

 ロビンソンの存在や行動は、白人社会にも黒人社会にも大きな波紋を巻き起こす。何しろ黒人運転手のタクシーには白人が乗れない(逆も当然)ような街であり時代なのだ。ホテルも、レストランも当然そうだ。そんな中、リッチーはロビンソンのボディガードとして白人の元ボクサー、ジョゼフ・バークを雇う。

 

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 バークはガダルカナルで重傷を負った元海兵隊員、瀕死の状態で帰国してみれば年上の妻には逃げられていた。彼は「人間としての心の大部分を奪ったのは日本軍だが、残りは前妻が持って行った」と言う。木枯し紋次郎にも似た矜持を持ったボディガードであるバークと、黒人にとっての未開の地大リーグを切り開こうとする忍耐の塊のようなロビンソンの、男同士の短い会話が印象的だ。訳者の菊池光の文体や表現は、簡潔でストレート。スペンサーものでも相棒ホークとのやりとりが面白いが、本書ではそれがより一層輝いている。

 

 二人の前には、ニガーリーグの衰退を憂える黒人野球界、八百長をもちかける黒人暗黒街、ひょんなことから恨みを抱くマフィア、命を狙う白人至上主義者などが次々に現れる。バークは市の顔役などを使ってこれらの脅威をうまくすり抜けていき、二人の友情は強固なものになる。

 

 今のニューヨークや(僕の良くいく)ワシントンDCでは考えられないことだが、白人世界と黒人世界が厳然として分かれていた時代を赤裸々に表したのが本書だ。外国人にとって、大リーグの歴史以上に勉強させられるものがある。

 

 味付けの美女との絡みもそこそこあるのだが、何と言ってもハードボイルドな男の魅力が横溢した一冊だった。パーカーをチャンドラーの後継者という評論家がいるのが不思議だったが、本書は正々堂々の本格ハードボイルド。いや、感服しました。