新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

行政システム開発に隠れた陰謀

 本書(2015年発表)は、SF作家である藤井太洋が書いたミステリー。作者はソフトハウス勤務中からiPhoneで小説を書き始め、単行本ではなく電子書籍でデビューしたという「新世代」の作家である。今後は原稿用紙を前に苦吟する作家など、いなくなってしまうかと思わせる話だ。2015年の「オービタル・クラウド」で日本SF大賞を受賞している。

 

 本書にSF色は(ほとんど)なく、殺人事件を扱うハイテクミステリーに仕上がっている。個人情報の違法なリンクを狙う犯罪者と、警察のサイバー犯罪対策班の戦いがメインだ。ITビジネスに係るかなりの団体・企業が、実名かそれに近い名前で登場する。京都府警の万田警部は数少ないサイバー捜査官、2年前にXPウイルスで多くのPCから情報を盗んだ容疑者を証拠不十分で釈放させられている。

 

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 そんな彼に、隣の滋賀県で進行中の<コンポジタ>プロジェクトの中心的エンジニア月岡が誘拐された事件の捜査役が巡ってくる。協力者として指名されたのがXPウィルス事件の容疑者武岱。月岡の生死も判然としないまま、二人は<コンポジタ>の不審な進め方に注目する。

 

 <コンポジタ>は住基システムからの情報で住民の利便性向上を図る行政システムなのだが、2万人月という膨大な労力をかけても完成予定から半年経っても出来上がらない。元請の「キャリア・データ」から月岡の会社含めて10層ほどの多重下請け構造になっている。特殊な人名の漢字(斎藤・斉藤など)があるなどして、膨大な工数がかかるのだ。住基データの扱い含めて、行政システムの問題点は作者の指摘の通りである。

 

 プロジェクトの背景に、ポイントサービス会社・監視カメラ会社らの陰謀があって、XPウイルスで乗っ取った日本中のPCからのデータを使って市民のビッグデータを悪用しようとしていることが分かる。このサスペンスに比べると殺人事件の方はちょっと薄っぺらい。個人情報の危機を扱った面白いミステリーとして読んだのだが、上記行政システムの問題点やウイルスが作り出すボットネットの仕掛けなどは一般の読者にはわかりにくく、もう少し簡素に書いてもよかったのではないかと思う。

 

 本書の事件は「ビッグデータ」と題するほどのものでもないように思ってしまいました。まあ僕が生半可な知識を持っているからそう感じただけかもしれませんけれど・・・。