新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

資格商法詐欺の被害者

 1997年発表の本書は、津村秀介のアリバイ崩し「浦上伸介シリーズ」の1冊なのだが、他の作品に比べて社会派ミステリーの色が濃い。バブルが崩壊して「就職氷河期」(今その第二波が来ているという人もいるが)だったころで、中堅から大手企業でも40~50歳代のサラリーマンのリストラの風が吹き始めていた。

 

 経験も実績も十分なのだが、OA化の流れにうまく乗ることができず一線を外され子会社への出向や場合によっては自己都合退職を強要される、いわゆる「肩たたき」という言葉が流行っていた。本書は、そんな中年サラリーマンが資格商法の詐欺にあって起こした殺人事件の話である。

 

 「毎朝日報」横浜支局のキャップ谷田実憲夫妻は、1泊2日の飛騨路旅行に来ていた。夫妻は宿泊した下呂のホテルで、小田原のスナックママが「コッパナのオオクボ」という中年男に呼び出され絞殺されるという事件に遭遇する。

 

 一か月後、同じホテルで同じ小田原で居酒屋を営む男が刺殺され、隣室の宿泊客が早朝消えるという事件が起きる。実は被害者2人は、2年前新橋のオフィスビルの一角で「教材出版センター」という会社を開き200人ほどのサラリーマンに資格商法を仕掛けて行方をくらませたコンビだった。

 

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 慣れないPC作業が増えて先行き不安を抱えていたサラリーマンに、「経営の公的資格が取れます。再就職も斡旋します」と高い教材を売りつける詐欺である。テレワークが定着し始めた今年でも、ありそうな話だ。ほんの数ヵ月だが、スナックや居酒屋を営業しながら新橋でオフィスが開けたのかという疑問は、新幹線通勤だっという「アリバイ崩し」で解けた。

 

 「コッパナのオオクボ」は追浜の大久保だとわかり、その人物は「教材出版センター」の詐欺被害者だったこともわかる。しかし容疑者は食券自販機のセールスマンで日本中を飛び回っており、2つの事件でのアリバイを主張、特に第二の事件の夜は寝台特急「さくら」に乗っていたという。

 

 もう無くなってしまったこの特急は、24時間以上かけて長崎~東京間を行く、新幹線や飛行機を使えばショートカットする機会は一杯ある。しかし出発時と到着時には、確実な証人がいた。しかも下呂は付近に空港もなく、本数の少ない高山線があるだけ。

 

 普通なら読者は殺人犯の方を憎むのですが、本書においては犯行動機は無理もないかなとすら思ってしまいます。立派な社会派ミステリーでした。