新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ノベライゼーションにかける手間

 映画やTVドラマのノベライゼーションを読むことはあまりないのだが、以前「古畑任三郎シリーズ」の短編集を紹介したことはある。才人三谷幸喜が本領発揮した短編集だったと思う。TVドラマとしても面白かったが、ほどよく手が入っていて小説としても読めるようになっていた。


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 しかしノベライゼーションは、根本的にいくつかの課題を抱えている。原作が映像を前提に作られていることから、カット割りがありセリフ中心で物語が進んでいる。時代を背景にしたリアルタイム性が強すぎる場合がある。出演者のキャラが視聴者/読者に強い印象を与えすぎている。
 
 このような課題をクリアして小説として長らく読むに堪えるものにするには、相当手を入れる必要がある。要はしかるべき人が、このような手間をかけることが(商業的に)可能か、ということになる。
 
 本書は仲間由紀恵阿部寛主演で大ヒットし、映画化もされた「TRICK」のノベライゼーションの1冊である。監修堤幸彦、脚本蒔田光治林誠人と表紙にある。この三人、TV業界で多くの作品を手掛けた人たちで、脚本は高い品質のものだ。
 
 元来ミステリーは奇術との親和性/共通性が高い。双方に通じた、クレイトン・ロースンや泡坂妻夫という作者の例もある。奇術師と物理学者が組んで超常現象に挑むというスタイルは、ミステリーのひとつの王道である。簡単な種明かしを交えながら、コメディのトーンで本来陰惨な殺人事件などを暴いてゆくストーリー展開は見事である。また主演2人の息のあったコミカルな演技、野際陽子演じる書道教師の「文字には力がある」との迫力は記憶に残るものだった。
 
 さて短編小説集となった本書の評価だが、先に挙げた課題の克服ができたとは全く思えない。刑事役生瀬勝久広島弁もそのまま文字になっていて、雰囲気は残るものの読んでいて気になる。セリフ中心でストーリーが進み、情景描写に十分の紙幅が割かれていない。ああ、こういうTVドラマがあったなと思い出させるレベルに留まっている。
 
 表紙の見返しに小さく「ノベライズ:百瀬しのぶ」とあった。上記3人のドラマ作りに携わった人が手を掛けたノベライゼーションではなかったようだ。三谷幸喜は「古畑任三郎短編集」を2冊で止めると言っていた。自分は脚本が本職、小説にかける時間が惜しいということだ。本書は、残念ながらそういう手間をかけずに出版されたものだったようです。