新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

食通のイギリス人(!)探偵

 作者のピーター・キングは、ロンドン大学卒業後、フランス・イタリア・ブラジルなどで様々な職業に就いたとある。舞台脚本・旅行記・グルメガイドなど多彩な著書があり、1994年発表の本書がミステリーとしてのデビュー作。自ら一流シェフに負けない料理の腕を振るうこともある、食通作家だ。ミステリーへの傾倒も強く、本書の主人公である「ぼく」は、いたるところでピーター卿やミス・マープルマイク・ハマーやアーチー・グッドウィンなどを引き合いに出して独白する。

 

 「ぼく」は探偵だが、銃ももたず荒事はまるきりダメ。何ができるかというと、料理に関する調査である。料理の腕前と鼻や舌の感度は抜群。ロンドンで覇を競うフレンチレストラン<レイモンズ>と<ル・トルーケ・ドール>、双方のオーナーであるレイモンとフランソワはかつてフランスの料理店で修業した同僚だが、今は仲が悪い。「ぼく」のところにレイモンが訪ねて来て、<ル・トルーケ・ドール>の名物料理のレシピを探ってほしいという。「ぼく」は、その料理を食べ、厨房を覗き、レストランが仕入れる食材を見張り、ゴミ箱まで漁ってレシピを再現した。

 

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 すると、今度はフランソワが訪ねて来て「店で不思議なトラブルが増えていて、誰かが営業妨害をしていると思われる」といい、その犯人を見つけてくれと言う。調味料のラベルが張り替えられていたり、食材が何者かにキャンセルされる事件が多発しているのだ。「ぼく」は<ル・トルーケ・ドール>で行われる食通の会にも参加して様子を探るのだが、そこで有名ニュースキャスターが毒殺されるという事件が起きた。「ぼく」はロンドン警視庁に料理の知識と人脈を買われ、犯人探しの手助けをする羽目に。

 

 本筋とは関係ないのだが、「ぼく」にやってくる依頼内容が面白い。結婚式に合うワイン選びや、エスカルゴの材料調達法など、作者が実際に現場で遭遇した件を基にしているのだろう。また独身貴族の「ぼく」が、自分で作る食事も興味深い。簡単なものといいながら、とても手の込んだものばかり。本書はグルメ本を、ミステリーの味付けで書いたものに見える。

 

 それにしても、本当に美味いものがわかるイギリス人には会ったことがありません。「ぼく」も知識は豊富で理屈は凄いのですが、「舌より頭で味わう食通」ではないでしょうか?