新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

神田三河町の親分

 

 歴史ミステリーという分野はいくつもの国で書かれているが、日本には独自のものとして「捕物帳」というジャンルがある。大江戸808町の治安を守る警察組織の現場として、岡っ引きたちの活躍を描いたシリーズである。その開拓者と言われるのが、「半七捕物帳」。

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 作者の岡本綺堂はもともとは戯曲のライターで、シャーロック・ホームズものを読んでミステリー短編を書こうと思ったようだ。舞台としたのは江戸時代末期、現代ものだと西洋の探偵小説の模倣になるとの判断だった。
 
 「半七捕物帳」は、1916年から1937年の間に69作品が発表され、演劇や映画、TVドラマにもなった。その後、野村胡堂の「銭形平次捕物控」(全383編)や、横溝正史の「人形佐七捕物帖」(全180編)が続き、庶民である岡っ引き稼業の探偵を主人公にした3大シリーズとなった。偶然かどうかはわからないが、3人とも神田を縄張りにしている。
 
 半七 : 神田三河
 平次 : 神田明神
 佐七 : 神田お玉が池
 
 本書は現代(大正から昭和初期)になって、元岡っ引きの半七老人が「わたし」に語って聞かせる形態をとっている。化け猫や天狗、神隠しなど超常現象が出てくることも多いが、30ページほどの中に本格ミステリーのトリック、意外な犯人、事件解決の鍵、人情的な解決などが盛り込まれていて今でも色あせない読み物である。
 
 江戸時代の捜査方法や組織についいても、TVドラマなどではわからない細かなことが書き込まれている。例えば岡っ引き(親分)である半七が直接使っている子分は手先と呼ばれ、報酬は親分がお上から貰うお金で雇われている。彼らは捕物(逮捕)にも加わる。手先が情報提供者として使うのが下っ引きで、彼らは普通に市井の仕事をしながら探りを入れる。捕物などに参加することはない。
 
 これら3シリーズのほか、「むっつり右門捕物帳」「若さま侍捕物帳」を加えて5大シリーズということもあるようだが、やっぱり侍でない庶民が主人公というのがいい。もちろん岡っ引きは通称「二足のわらじ」と言われていて、地域の地回りとお上の仕事を同時にやっていた「親分」だったことも多い。「蛇の道は蛇」というように、犯罪に詳しい者に捜査をさせるというのは、ある意味合理的なのですから。