新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

スコットランドの田舎町役所にて

 1970年発表の本書は、以前「そして医師も死す」「跡かたなく沈む」を紹介した、英国作家D・M・ディヴァインの第9作。作者は13作しか長編を遺さなかったし邦訳も創元社から出ていただけで、最近では古書店でもなかなか見つけられない貴重なミステリーである。

 

 レギュラー探偵を持たないものの、全ての作品は本格ミステリーとしてパズラーとしてもサスペンス作品としても、大人の読者の評価に耐えると言われている。スコットランド生まれの作者ゆえ、舞台はスコットランドが多い。本書はやはりスコットランドのキルクラノンという田舎町の、町の役所と議会に設定されている。

 

 役所の長は町長だが、実質的な長は町書記官だとある。日本でいえば助役にあたるのだろう、事務方のTOPだ。その配下に副書記官が数名いて、その中に31歳と若い女性ジェニファーがいた。彼女は有能な官吏だが、女性の進出を嫌う議会などの圧力で「ガラスの天井」を味わっている。加えて妻との生活が破綻した上司ジョフリー町書記官とは、不倫関係にある。

 

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 一方次期町長の選出も迫っていて、エルダー町議会議員や議会収入役らの名前が候補に上る。そんな中、エルダー議員の少し愚鈍な娘ルースは、役所でタイピストをしているのだが、仕事中に妙な紙片を見つける。イニシャルと数字が並んでいるだけのものだが、彼女はそれを警察に持って行こうとして殺されてしまう。

 

 ルースから紙片の存在を聞いていたジェニファーは、その紙片が公共工事の入札不正に使われたものではないかと考える。この数年、ある建設会社が極めて怪しい落札を繰り返していて、他社の入札価格が漏れていたようだ。漏らすことができるのは、ジョフリー町書記官とその周辺の数人だけ。なかでもジェニファーは、その建設会社社長が従兄弟だったことから怪しまれてしまう。

 

 原題の「Illegal Tendar」とは不正入札のこと、田舎の公共事業にありがちな話だ。ほとんどの町民が知り合いで、姻戚関係も多い。そんな町で、ジェニファーは解決に乗り出すのだが・・・。

 

 人物を丁寧に描き分けることやジェニファーたちの心理描写は、作者の最も得意とするところ。中盤のサスペンスに終盤の意外な解決も出色で、さすがとおもわせる。作者の他の10作品、今後も探し続けることにします。