新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

イギリスの田舎町が抱える秘密

 イギリスには女流ミステリー作家が多いとも書いた。男性作家も含めて、落ち着いたゆったりした作風で、学生時代には理解できなかったこともある。今回ご紹介するのは、まさに大人のミステリーである。街の暮らしをゆったりと描きながら、その中での人間同士のコンフリクトなどを明らかにしていく。そこで事件が起き、コンフリクトや個々人の秘密が暴露されていくことになる。
 
 仕事で海外に行き、その往路やホテルでこの本を読んだ。フライトでは映画「真夏の方程式」を見たが、その中でガリレオ先生(帝都大学湯川准教授)が「この一家はみんなが秘密を抱えている」と話していた。本作はもっと恐ろしい。町全体が秘密を抱えているのだ。

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 数年前の議会選挙に不正がなかったか、探りに来た若い女性がいる。彼女の亡くなった母親はその街の有力者の秘書だが、政策的には有力者を傀儡にした「女王」だったとも噂されている。
 
 作者D・M・ディヴァインは、膨大な量の登場人物を細かなところまで書き込み、人間に温かい目を向ける。多作家ではないが、特定の探偵役を持たず、かつ意外な犯人を追及した作家だと思う。ここにはスノッブな天才もいなければ、ステレオタイプの悪人もいない。普通の人たちが普通に悩みながら殺人事件に巻き込まれていく。
 
 地方議会の腐敗を背景に、町そのものが抱える秘密を誰が追っているのか、誰が守ろうとしているのかもはっきりしない。探偵役が見えてこないこともあって、視点がバラけるきらいはあるが、別の言い方をすると「すべてを見通す」位置に読者は置かれる。その結果、犯人は誰かという課題を解くカギは読者に与えられる。
 
 意外な犯人に挑戦する、パズル小説の条件は整っているわけだ。こういう大人の小説を書けるのが、イギリスの伝統なのだろうと思う。イギリス人は引退したら、田舎でバラを作りながらミステリーを安楽椅子でよむ日々が理想だという。これはD・M・ディヴァイン晩年の作品だが、これこそ引退後楽しむスローテンポのミステリーだろう。