新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

マニアが最後に読むべき探偵小説

 1925年発表の本書は、後に英国カトリック聖職者の最高位まで昇りつめたロナルド・A・ノックスのデビュー長編。探偵小説が黄金期を迎え、純文学・童話など他の分野からの参入があったうちでも、ひときわ特徴ある作品である。作者は生涯で6つの長編を遺したが、加えて探偵小説を書くための「ノックスの十戒」でも有名になった。

 

 本書は「マニアが最後に読むべき作品」と言われていて、僕が本屋を漁るころには絶版になっていた幻の名作。今回読み通して、全編を貫くパロディとも思わせるほどの稚気を堪能できた。

 

 ロンドンから列車で1時間ほどの町パストン、鉄道陸橋の両側に駅があるが、列車は1~2時間に1本程度しかない。この町に住むようになったリーヴズは、大戦中は情報部員だった。彼は10月のある日、親友のゴードンと、カーマイクル教授、マリヤット牧師の4人でゴルフに興じていた。

 

        

 

 4人はロストボールを探して陸橋の下に行き、墜落死した男の死体を発見する。顔が崩れて確認できないが、やはりこの町に住むブラザーフッドという男の死体らしい。彼はこの日、市場で破産宣告を受けていた。自殺か事故と考える官憲の傍ら、

 

・定期券があるのに三等切符をもっていた

・腕時計と懐中時計を両方持ち、1時間ズレていた

・次の日にスコットランド行きの寝台を予約していた

 

 などの疑問点に目を付けた4人は、素人探偵を気取って捜査を始める。死体が持っていた美女の写真がなぜか動いたように見えたり、クラブハウスに秘密の部屋が見つかったり、謎を抱えた4人は推理と冒険を続ける。全編の1/3近くは4人の推理の競演、その中でホームズものなどの推理の「穴」を皮肉っている。象徴的な台詞は、

 

「工作すればするほど、理論が精緻になり、世間は正しいと判断する」

 

 というもの。作者が凝ったトリックや推理を使い、読者を置き去りにしていないかという警鐘のように思えました。ノックス師の教え、承りましたよ。