新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

金沢・東京「二重生活」の夫

 本書は1959年に発表された、巨匠松本清張の代表作である。物語の大半を占める金沢を中心とした石川県の冬の風情が、陰鬱な雰囲気を倍増させている。26歳のOL禎子は、勧める人があって10歳年上の鵜原憲一と見合いをし、結婚した。当時としてはお互い、やや遅い結婚である。

 

 憲一は大手広告社の北陸支店勤務、金沢の事務所への赴任はすでに2年になり、月の2/3を金沢に、1/3を東京本社に勤務している。二人は都内のアパートに新居を構えたが、憲一の両親はすでに亡くなっていて兄の宗一郎夫婦に挨拶に行ったくらいで、憲一は金沢に戻っていった。

 

 1ヵ月たって憲一の東京本社帰任が決まり、憲一は後任として北陸に赴任する本多青年を連れて夜行急行「北陸」に乗る。禎子がそれを見送ったのが、憲一の最後の姿になった。憲一は「12月の12日には帰る」と手紙をよこしたものの、14日になっても自宅にも東京本社にも顔を出さない。

 

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 北陸支社では、11日に支社を出て以降、連絡が取れないという。禎子は金沢に向かい、本多の助けを借りて夫の消息を掴もうとする。憲一をひいきにしてくれたという耐火レンガ会社の室田社長夫婦にも会うが、手掛かりは得られない。どこに下宿していたかもわからず、なんとなく「女」の影がちらつく程度だ。

 

 憲一の兄宗一郎も金沢に来て、禎子に「あいつは生きてる、心配するな」といいながら、何か一人で探っているようだ。一旦あきらめて東京に戻った禎子に、宗一郎が毒殺されたとの連絡が入る。見合いで新婚早々、憲一のことはわからないことだらけの禎子が、1枚1枚薄皮をはがすように憲一の生態や過去を明らかにしていくプロセスを、作者はち密に書き込んでいる。

 

 憲一が前職の警官時代に、立川の米軍人相手の売春婦取り締まりをしていたこと、室田の会社にそれらしい過去を持った事務員がいること、宗一郎の死の直前に一緒にいたというケバい服装の女のこと・・・。

 

 戦後の占領期にやってきた米軍人たちの女性を扱う態度を見、すっかり元気をなくした日本の男を見て、日本の女性たちは自信を持ち強くなったと作者は作中人物の口を借りて主張する。ただその陰で多くの悲劇も生んだ。憲一らの事件もそのひとつである。

 

 うーん、これぞ社会派ミステリーの傑作。謎解きと言うより、真相が明らかになっていくサスペンスが売りの作風に、このころから変わってきましたね。