本書は、歴史作家中村彰彦のエッセイ集。作者は幕末会津藩の猛将佐川官兵衛の一代記「鬼官兵衛烈風録」でデビューした人。栃木県の出身で、近県のせいだろうか会津を舞台にした作品が多いという。
作者によれば、歴史小説を書くには多くの資料にあたり下調べをする。Aという武将とBという武将は、仲が良かったとしたらそれななぜか?Cという女御がキリシタンに改宗した理由は何か、誘ったのは誰か?などを調べた上で、小説の中に盛り込んでいく。その調査の過程で、意外な事実を見つけることも少なくない。ところがその事実は全部小説に盛り込めるわけではなく、かといってその一つだけで(短編といえど)1編を書き上げるのも難しい。
そんなネタを作者は、週刊誌(週刊ダイヤモンドが多い)などに寄稿するエッセイに適用していた。本書はそんなエッセイをまとめたもの。題名が「幕末を読み直す」とあるが、取り上げられている話題は古くは源平合戦、新しくは日露戦争と時代の幅は広い。
作者の会津指向は、会津がなぜ幕府が日和った後も戊辰戦争を続けたか、そのルーツを初代藩主保科正之の政治・信条だということまで遡る。本書には「名君と暗君」という章もあって、保科正之は名君の代表格として登場する。領民の間引きを禁じ、飢饉の時のための備蓄米システムを作るなどして善政を布いた。その結果、領内の人口は70年間で1.5倍に増えたとある。
通常、戊辰戦争で薩長軍が勝ったから日本は近代化したと言われるが、作者はこれにも異論を唱え、佐幕派にも開国・近代化プランはあり、むしろその方が優れていたと主張している。
作者は「歴史小説家」を自称していて、上記のように綿密な調査を経て作品を練り上げる。事実としての歴史を大きく改変することなく書かれたものが「歴史小説」だという。例えば池波正太郎の名著「鬼平犯科帳」は、長谷川平蔵という火付け盗賊改め方のTOPがいたことは確かだが、そこに登場する人物や事件は架空のものが多く「時代小説」と区分すべきだとある。これは「鬼平・・・」に限らず、柴田錬三郎「眠狂四郎シリーズ」や山田風太郎の忍者ものなどにも言えること。
では作者以外に「歴史小説」と言えるのはと問われて、山本周五郎の「樅の木は残った」や永井路子の「北条政子」だと応えている。僕は歴史小説に詳しくないですが、相当にしんどい作業をするのだということは理解しました。