新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

「人質司法」の現場にて

 本書の著者原田宏二氏は、元北海道警警視長。1995年に釧路方面本部長で退官した後、2004年道警の裏金問題について「告白」をし、以降警察の健全化や冤罪事件撲滅に向けた運動を続けた人。安倍政権が進める刑事訴訟法の改正にあたり、警察の現場や市民生活への危惧をもって2016年に本書を発表したものである。

 

 中学生時代からミステリーにはまり、商売は因果なデジタル屋。いまやサイバーセキュリティが仕事の中心になった僕にとって、警察の現場というのは普通の人よりは詳しい領域である。しかし付き合いのある警察官といえば警視長以上のキャリアばかり、本当の現場のことは良く知らないと言っていいだろう。そんな思いで勉強させてもらったのが本書である。

 

 この頃の刑事訴訟法関連の改訂は、

 

・取り調べの録音録画(可視化)

・司法取引の導入

・通信傍受の合理化、効率化

 

 などが盛り込まれる一方、時代が急速にデジタル化する中で「デジタル捜査」については消極的な司法の実態があるという。

 

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 可視化については「自白は証拠の王」という考えで「(任意だろうが)取調室に連れ込めばなんとかなる」捜査手法が冤罪を産んできたこと(これで人質司法と揶揄されている)から求められたもの。ただ筆者は「それと引き換えに導入される司法取引は、やはり冤罪の温床になる」と警告する。なんとか罪を軽くしようと無関係の人を巻き込む「自供」が横行するというのだ。

 

 また通信傍受をしやすくする法改正はともかく、法規の規定なく監視カメラ映像、GPS情報、DNA情報などを警察が使い、データベース化していることも問題視している。よくTVドラマなどでこれらのデータが使われるが、少なくとも2016年の時点では法的根拠のない「グレーゾーン捜査法」ということだ。

 

 意外だったのは21世紀になって犯罪そのものが減っていて、検挙件数・検挙人数・検挙率のすべてが下がっているという現状。殺人のような凶悪犯の検挙率は高い(ある年は101%以上)が、全体としての検挙率は30%ほど。オレオレ詐欺などは、末端の「出し子」は捉まえられても組織には手が届かない。

 

 筆者は警察本来の、張り込み・聞き込み・情報収集能力が落ちていると嘆いているが、それをデジタル捜査手法の高度化・普及で補うべきと思う。現場の勉強はしたので、今度関係者と会ったら議論させてもらいましょう。