新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ヴォージュ広場1943~1993

 本書は日本人の夫君を持ちカリフォルニア在住だというカレン・ブラックと、彼女が生み出したパリのセキュリティコンサルタント、エメ・ルデュックのデビュー作。上智大に学びP・D・ジェイムズの影響を受けたという作者が選んだ舞台は、なぜかパリ。サン・ルイ島に住み「ルデュック探偵事務所」の看板を掲げるエメは、米仏のハーフ。通常の仕事は大企業向けの情報セキュリティ指南(たぶんフォレンジックペネトレーション)だ。今回も発端はナチハンターの老人から暗号Fileの解読を依頼された。出てきた画像は第二次世界大戦中のパリの写真。ユダヤ人らしい人たちが見つめる先には、若いナチス軍人の姿があった。

 

 その写真を届けに、指定されたマレ地区のアパルトマンに行くと、ユダヤ系の老女が殺されていた。額にハーケンクロイツ型の傷をつけられて。マレ地区は古来ユダヤ系住民が多かったところ。1993年の今でもそうなのだが、移民排斥を訴えるネオナチのデモが頻発し、ユダヤ系住民の危機感が高まっている。

 

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 ヴォージュ広場に近いこのアパルトマンでは、1943年ころにはナチのユダヤ狩りが吹き荒れていたし、ユダヤ人ではない管理人が殺される事件もあった。エメは行きがかり上、過去50年にもさかのぼった事件の解決を迫られることになる。

 

 EUの移民制限協定がパリで議論されていて、統一ドイツの交渉責任者ハルトムートも50年ぶりにパリの地を踏んだ。隠してはいるが彼は18歳のころナチの将校としてパリに駐在、ユダヤ人狩りをしながらもユダヤの少女サラと愛を交わしたことがある。その舞台となったのがアンリ13世の騎馬像があるヴォージュ広場だった。作者は1943年のユダヤ狩り、ユダヤ人のなかでの裏切り者排斥などの暗い事件と、移民排斥にゆれる現代のパリの双方を平行して描いていく。本来PCを使った「捜査」をしているエメも、今回ばかりは(無許可の)拳銃まで持ち出して体当たりの捜査をする羽目に。

 

 本書発表の数年後「シャルリーエブド事件」が起きたのが、このマレ地区。僕自身にもなじみ深い場所で、懐かしさにあっという間に読んでしまいました。50年の時を隔てた事件を重厚にまとめたこの作者、なかなかの腕前だと思います。