新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

日本の新本格1965

 1965年発表の本書は、高木彬光の「検事霧島三郎」シリーズの第三作。1948年「刺青殺人事件」でデビューした作者のレギュラー探偵は、天才神津恭介だった。初期の神津シリーズは、ある意味米英の「探偵小説」を基にしたもの。しかしデビューから20年近く経って、天才探偵を続けていくことに限界を感じていたようだ。そこで「人蟻」で弁護士百谷泉一郎を登場させるなど、よりリアルな社会派ミステリーへと踏み出している。

 

 社会派としてTVドラマにもなって有名なのが、本書の主人公検事霧島三郎。東大在学中に司法試験に合格する秀才だが、決して血の通わぬ天才ではない。正義感も強く、検察官を目指し東京地検に配属される。デビュー作では恩師竜田弁護士に容疑がかかった事件を担当、恩師を救い娘の恭子と婚約する。

 

 本書では、その時やはり三郎に恋をし、恭子に敗れた尾形弁護士の娘悦子が事件の渦中に置かれる。三郎をあきらめ暗い日々を送る悦子には、父親が買っている樋口弁護士が心を寄せている。しかし悦子は、どこか暗い影のある経営学者塚本義弘に魅かれる。ところが、義弘の父親は行動右翼の幹部で、戦後獄死していた。義弘自身の周辺にも、右翼の大物や怪しげな男が現れる。

 

        

 

 「結婚は許さん」と言われても、決して引き下がらなかった悦子は、ついに婚約を果たしたが、結婚式を挙げた直後に夫は殺されてしまった。捜査を担当することになった三郎は、どうして結婚式当日で明日は新婚旅行に出るという日に殺されなくてはならなかったのかを考える。

 

 義弘自身の過去にも、疑念が湧く。弟が焼死していたり、私大助教授にしては多額の預金を持っていることも捜査で明らかになった。事件はそこから経済的な事案に発展していく。神津恭介であれば、犯行の手口や物証から事件の真相を暴くのだが、三郎は背景となっている経済事案を綿密に調べ始める。犯行の動機は、塚本家が握るある種の利権にあると睨んでのことだ。

 

 このころ笹沢佐保が提唱した「新本格」というブームがあったと解説は言う。パズラーとしてのミステリーではなく、もっと血の通った「小説」にしようという流れだ。作者もその一翼を担い、新しいヒーローを産み出すとともに、自身も「小説家」としての成熟度を増したのだと思う。

 

 学生時代は分かりにくかった「新本格」の意味、今なら少しは理解できますよ。