新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

「万世一系」の出発点

 以前、日本の「最も名探偵らしい名探偵」として紹介した東大医学部教授神津恭介だが、作者の高木彬光は彼の路線から「白昼の死角」「破戒裁判」などリアルなミステリーへと転身した。恭介の天才ぶりは現在の事件ではなく「歴史探偵」としてのシリーズで生かされることになる。

 

 入院中の探偵が歴史の謎に挑戦するスタイルは、ジョゼフィン・ティの「時の娘」などの例がある。恭介はこのスタイルで3度登場する。「成吉思汗の秘密」でテムジン・義経同一人物説を追い、「邪馬台国の秘密」で卑弥呼の国はどこにあったのかを推理している。本書で恭介は、神武天皇から仁徳天皇までの天皇家のルーツに関わる疑問に挑戦するのだ。

 

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 不慮の交通事故で左足と右手首を骨折した恭介は、全治三か月と診断されて入院中。旧友の推理作家松下研三は恭介に上記の謎を解くようすすめ、歴史学者若い女性洋子を引き合わせる。天皇家の成り立ち含めた古代の様子については「古事記」や「日本書紀」が残されている数少ない資料だが、いずれも8世紀の編纂。日本中に伝説・神話の類は山のようにあり、信じがたいものも多い。そこで研三は、

 

高天原とはどこか、天孫降臨とは何を意味するか?

・神武東征の実態は?抵抗勢力長髄彦とは何者か?

欠史八代(第二代綏靖天皇~第九代開化天皇)は実在したか?

神功皇后の「三韓征伐」など朝鮮半島との関係はどうだったのか?

 

 などの謎を投げる。自ら来日した朝鮮王子天ノ日矛の末裔だという洋子は、これまでの歴史学会での通説と異なるいくつかの調査・論文などを恭介に説明してくれる。その過程で僕も勉強になったのは、古代は女系相続が普通だったこと。天皇家が「万世一系」かどうかは別にして、女性の王(例えば卑弥呼)も多かったし決して男系必須ではないということである。

 

 加えて平成天皇自身がいつか韓国訪問でおっしゃったように、天皇家のルーツは朝鮮半島にあったということも示されている。本書の発表は1986年、今でもある種の人たちは「倭人の長が天皇家万世一系、男系必須」と叫んでいるのを考えると、かなり斬新な学説であり小説だった。

 

 巻末には多くの参考資料が示されていて、作者の熱心さがうかがえる。「明晰神のごとき」探偵はにやはりリアリティがなく、「歴史探偵」としてなら思い切り推理が展開できるということのようです。