新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

世相ゆえか、因習ゆえか

 以前横溝正史の「八つ墓村」を紹介した時に、この村で起きた32名の惨殺事件は史実上の「津山事件」を下敷きにしたとコメントした。この事件は、松本清張も犯罪実録集の中で取り上げている。本書はこの事件の経緯を追うだけでなく、自殺した犯人都井睦雄の22年の人生を振り返り、その時代背景も含めて整理したノンフィクションである。作者の筑波昭はジャーナリスト出身の作家、他に「連続殺人鬼 大久保清の犯罪」などがある。

 

 事件は1938年の今日、5月21日の未明に起きた。岡山県苫田郡西加茂村の貝尾地区で、祖母と2人暮らしをしていた都井睦雄が、猟銃・日本刀・匕首・鉈などの凶器をもって夜間に地区の多くの家に押し入り、即死28名、重傷後死亡2名、重傷1名、軽傷2名に及ぶ虐殺行をした。事前に地区への送電線を切り、暗黒となった中を懐中電灯2基を頭にナショナルランプを腹に付けて駆け回ったとある。

 

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 地区の各戸でおおむね目的(殺したかった相手を手にかけたこと)を果たした睦雄は、何通もの遺書を残して山中で自殺していた。本書は最初の100ページで事件のあらまし、生き残ったものの証言、事後の清算までを記している。残る250ページは、睦雄の人生と、当時の世相を並記して犯行に至った「何か」を探っている。

 

 西加茂村は山間の農村だが、比較的豊かな土地だった。都井家は田畑・山地も持っている富裕な農家だったが、睦雄が幼いうちに両親が相次いで結核で亡くなり、睦雄は祖母と姉に育てられる。幼年教育時代は成績優秀で「少年倶楽部」などを愛読し、ずっと「級長」を務めた。しかし中学進学を諦めたころ肋膜を患い、後に結核となって兵役検査で不合格になる。農業を手伝うのもつらく「雄図海王丸」という冒険小説を書いたりしていた。

 

 そんなころ世相は暗く、5・15事件、2・26事件、阿部定事件などが起き、心の支えだった姉も他所に嫁いで行ってしまった。当時の農村はおおらかと言うか、不倫など男女の交際は乱れていて睦雄も多くの女性を関係を持った。しかし暗い性格を嫌われてか、徐々に疎まれるようになった。そして22歳の春、彼は暴挙に出る。

 

 実は警察は睦雄の挙動不審に気付いていて、3月には一旦猟銃などの凶器を押収しています。しかし睦雄は2ヵ月で凶器を準備し直して犯行に及びました。これってローンウルフのテロリストにも通じますよね。さらにサイバー空間でも。