本書は、1995年の乱歩賞&直木賞を同時受賞した藤原伊織の作品。同作者の別作品によるW受賞はあるものの、同一作品としては史上初のものである。作者は本書の主人公たちと同じ東大仏文科卒、電通勤務時代に「踊りつかれて」(1977年)と「ダックスフントのワープ」(1985年)で各賞受賞したが、その後は目立った作品はない。ギャンブルで借金を背負い賞金1,000万円を狙って書いた本書で、W受賞を果たす。
解説にもあるように主人公の造形・文章の確かさ・構成の妙などに優れ、乱歩賞選考員を魅了しての受賞となった。その才能で将来を嘱望されたものの、2007年に59歳で亡くなるまでに本書を越える作品は産み出せなかった。ある意味、本書で書きたいことを全部書いてしまったのかもしれない。
安田講堂事件の後も全共闘活動を続けていたのが、東大仏文科の3人。言論巧みな桑野、思い切った行動派の優子、そして純粋な菊池(私)。菊池と優子が同棲をし、桑野が時々尋ねてくる生活が3ヵ月続いたが、ある日優子は代議士である父親の元に戻っていった。桑野と私は爆弾を破裂させる過ちを犯し、死者まで出した。桑野はパリへ逃走、私は都会の裏に潜んで20年余を過ごした。
今は島田と名を変え新宿の場末酒場でバーテンをする私は、強度のアル中になっていた。そんな私が震える手でウィスキーを飲んでいると、新宿中央公園で爆弾テロが起きた。死者20名ほど、その3倍以上の負傷者がいる。爆発から女の子を救った私は、ニュースで外交官の妻となっていた優子、海外逃亡している桑野がこの爆発で死んだことを知らされる。そして私に「何もしゃべるな」というやくざの脅しがかかり、官憲も私を別件で指名手配する事態になる。
新宿の街に蠢くやくざ組織、怪しげな宗教勧誘、はびこる麻薬、そして行き場を失ったホームレスたち。近代的なマンションの傍らで、ダンボールの中で廃棄弁当を食べる人たち。この言いようもない絶望感が凄い。間違いなく一流のサスペンス小説だが、最後に使ったトリックはいただけなかった。そんなものがなくても、全共闘時代から20年でゆがんでしまった東京という街を描くには十分だったはずですから。