新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

法廷ミステリーの傑作

 先日「人蟻」を紹介した、高木彬光の百谷泉一郎/明子シリーズの第二作が本書。陪審員制度ではなかった当時の日本で、難しいと言われたほぼ全編が法廷シーンという意欲作である。作者は元々工学部出身、物理的・化学的なトリックを得意としていたが、経済学を勉強して「白昼の死角」を書き、法律を勉強してこのシリーズを書いた。

 

 大先輩に対して恐れ多いのだが、情報工学を学んだ僕がデジタル市場拡大のために経済・法律を学んで今に至っているのと同じルートである。作者の作風の拡大を見ると、僕のたどってきた道も間違っていなかったのではと思う。

 

 泉一郎が弁護を引き受けた事件の被告人は、元新劇の俳優。今は小豆相場でそこそこの収入を得ているが、妻には逃げられて、昔の劇団仲間の女性と不倫関係にある。その女性の夫が殺され、さらに女性自身も殺されていずれも鉄道線路に捨てられるという事件が起き、彼に容疑がかかったのだ。

 

 彼は不倫関係と女性の夫の死体を自分の車で運び、線路に捨てて轢断させた死体遺棄は認めた。しかし他の3つ(殺人×2ともう一つの死体遺棄)は自分はやっていないと言う。検察は2件の殺人ゆえ、死刑を求刑する構え。泉一郎は、被告人の無実を信じて徹底的に争うことにした。

 

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 序盤、検察側が出してくる証人・証拠は被告人を不利に陥れる。しかし明子という兜町の女将軍は大金を投じて警察に匹敵する探偵組織を作り上げ、独自の調査で証拠品を得てくる。この辺り、ほとんどの刑事弁護士や事務所にできることではない。

 

 物語の本当の山場は、被告人が「新平民」だったことを告白するところなのだが、高校生の時に読んで、どうしても実感がわかなかった。大学まで出ているのだが部落民として差別された被告人の苦しみや歪みが、当時の僕には理解できなかった。それより法廷弁護士のカッコよさにあこがれて、法学部志望に傾きかかった高校2年生だったのである。

 

 今読み返してみて、被告人のたどった50余年を理解しながら読むことができたのは、僕自身が成長したからだろうと思う。それにしても、戦前の部落民差別・新劇の劇団での遠慮・招集された軍隊でのいじめ・シベリア抑留と、この男のたどった壮絶な人生を泉一郎が最終弁論で説くシーンは圧巻である。本書は、作者の最高傑作として記憶していいのではないかと思います。