新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

日本でペリー・メイスンは育つか

 昨日佐々木知子著「日本の司法文化」を紹介して、検挙率95%、無罪率0.1%という日本の犯罪捜査や裁判の状況をご紹介した。ゴーン被告人の肩を持つつもりはさらさらないが、これほど「超精密」な司法文化では法廷弁護士の役割は目立たない。そこで検察から見た「日本の司法文化」に対し弁護士視点の本書を買ってきた。2013年発表の書で著者長嶺超輝氏はフリーライター。20歳代のすべてを司法試験に費やし、7度失敗して断念している。

 

 映画にあるような「一発逆転劇」を弁護士が法廷で演じるのは、日本ではとても難しい。しかし明治以来の日本の法曹史で、弁護士が熱弁を振るい裁判結果に相応の影響を与えたケースはあると著者は言う。例として挙げられたのが、

 

・大阪空港(騒音)訴訟

水俣病公害訴訟

信楽高原鉄道事故

阿部定事件

極東国際軍事裁判

 

 で、さらに伝説の弁護士である、

 

・天才弁論家、花井卓蔵(日比谷焼き討ち事件・八幡製鉄所汚職事件・松島遊郭事件)

・毒舌攻撃の今井力三郎(帝人事件)

・暴走法曹、正木ひろし(八海事件)

 

        

 

 を紹介している。裁判官の心に訴えるため、さまざまなレトリックを使い、時には弁論途中で沈黙して「何分黙っていたか」と証人や検察官に問い、時間感覚の誤りを糺すなどのテクニックを使ったとある。

 

 確かに面白いのだが、明治以来特徴的な件を集めてもこれだけかという気もする。公害訴訟のような政府や大企業を相手取った裁判ならともかく、刑事事件の裁判ではやはり「無罪率0.1%」ゆえ、実例に乏しい。米国の陪審員裁判のように、弁護士が(素人である)陪審員の心情に訴えて無罪判決を勝ち取る余地はあまりにも少ない。

 

 本書発表時点では、裁判員裁判は始まっていない。むしろ「司法制度改革」で弁護士が増えすぎ、食えなくて困っている実態が紹介されている。年間500名ほどだった司法試験合格者を徐々に増やし2,000名ほどになった現状では、職にあぶれる合格者も出てきた。当初の計画では、弁護事務所だけでなく一般企業が大量採用してくれるはずだったのに。

 

 著者は、司法試験一辺倒の弁護士資格に疑問を呈する。もっと多様な(尋問がうまい、科学捜査の見識が深い等)人材を法曹界に招くべきで、それが本当の「改革」だという。そして「弁護士を大事にしない政策」を糾弾する。以前「医者の稼ぎ方」で見たように、この業界にも「腕」を計る指標が必要でしょうね。