新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

懸賞短編から長編へ

 本書は1976年から雑誌「幻影城」に連載され、1979年に単行本になったものだが、それ以前の1974年に「小説宝石」で発表された短編がもとになっている。この時から題名「朱の絶筆」や登場人物の名前、事件のあらましは変わっていない。

 

 本書には、その両方(450ページほどの長編と50ページほどの短編)が収められている。特に短編の方は犯人当て懸賞(20万円)が付いていて、1,381通の応募があり真犯人を当てたのが857通あった。作者が仕掛けた4つの手掛かりすべてを見破った、剛の者もいたという。

 

 そんな短編をなぜ長編化したかというと、そこには「本格の鬼」鮎川哲也ならではのこだわりがあった。「幻影城」に連載を頼まれ鬼貫警部もの(多分アリバイ崩し)を書く準備をしていたところ、地道なアリバイ崩しに批判的な人たちがいて、急遽「犯人当て」を書くことになってしまった。結末まで考え、論理のアナも全部ふさぐ作業をしていては、最初の連載に間に合わない。やむなく筆者は、過去の短編の筋立てを使って、長編仕立てにした。

 

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 軽井沢に住む大作家篠崎は、傲慢不遜の男。過去に泣かせた女、クビになった編集者、妬みが恨みに変わる作家など、殺意を持つものは多い。軽井沢の家も20部屋以上ある広大なもの、秘書ら使用人も多く抱え、豪勢な暮らしをしている。

 

 夏の日、篠崎家に挿絵画家・編集者・詩人・写真家・ホステスなどが集まってきて、家を仕切る秘書の勧めで食事をしていると、篠崎が絞殺され原稿の幾分かが燃やされるという事件が起きる。原稿取りに来ていた「わたし」は、篠崎が集めた美女たちとねんごろになる暇もなく、事件の渦中に置かれる。

 

 ただちに長野県警が出動し、関係者を尋問するのだが、今度はホステスが絞殺された。邸宅内に潜む殺人者の魔手は、第三・第四の被害者にも伸びる。この事件はありふれた犯罪ではないと考えた警察は、東京から「名探偵星影龍三」を呼んで事件解決を図る。

 

 星影は「わたし」から見ると、篠崎以上に傲慢不遜な男。しかし彼はいくつか(上記4つ)の手掛かりを看破して、真犯人の犯行方法と動機を説明する。解説は「星影の名推理」というのだが、長編・短編どちらがいいかと言われると、星影が出てこない短編の方が面白い。

 

 本格ミステリーはやはり短編、それを再認識した珍しい書でした。