新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

僕の「聖典」短篇集

 ミステリーの聖典といえば、多くの読者はシャーロック・ホームズものを挙げるだろう。しかし「Xの悲劇」でこの世界を知った僕には(短篇集としての)聖典は、1934年にまとめられた本書である。

 

 まだ悲劇シリーズの作者バーナビー・ロスがクイーンの別名であることが知られていなかったころ、S・S・ヴァン・ダインとクイーンのどちらが優れているかの議論で、クイーン派は「ヴァン・ダインには短編がない」と主張していた。そう、エラリー・クイーンは短編の名手でもあったのだ。

 

 本書が最初の短編集で、10編の短編(40ページほど)が収められている。いずれもエラリーの意表を突いた推理(視点の違いともいう)が最後の5~7ページに表れて、意外な結末を迎える。最後の1行で真犯人の名前を明かしたり、皮肉やユーモアたっぷりの1行で終えることもある。

 

        

 

 巻頭作「アフリカ旅商人の冒険」では、大学で応用犯罪学の講座を引き受けたエラリーが、選抜した才気煥発な3人の学生を連れて事件現場に赴く。「講義なり理論なりはないのですか」と戸惑う彼らに対し、エラリー教授(!)は「水泳は水の中でやるもの」といきなり刺殺された死体の前に引っ張り出す。

 

 この短編では4つの推理が示されるが、長編で推理の競演をやった例も少ない中、とてもチャレンジングな試みだったと思う。他の作品でも、これを引き延ばして本格長編を仕立てることもできたろうにと思わせるものがある。

 

 何作かは、不思議なシチュエーションにエラリーが興味を持って介入すると、事件の様相が変わる趣向だ。例えば、

 

・誘拐犯は3人組だが、みんな右足が不自由な足跡を残した

・その猫嫌いの老婆は、なぜ毎週のように黒猫を注文したのか

・なぜ画家は殺される前に、女の顔にヒゲを書き加えたのか

 

 等々。不思議な謎と鮮かな解決、これぞまさしくエラリー・ワールドですね。