新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

カンチェンジュンガが見下ろす街で

 1964年発表の本書は「小説十八史略」「アヘン戦争」などの歴史ものや長編推理「割れる」短篇集「獅子は死なず」などを紹介している陳舜臣の国際ミステリー。舞台はインドの北端でチベットに近い街カムドン。元日本軍の衛生兵だったカメラマン長谷川が、街の郊外で自動車ごと崖から落ちて死んだ。長谷川を訪ねてきた商社マンの毛利は、事故ではないと考える。

 

 街のシンボルは第三の標高を誇るカンチェンジュンガ、7つの衛星峰に囲まれた雄大さはエベレストをしのぐほどだ。この山を一度見た人物は、死ぬ直前にこの山の夢を見るという。街には怪しげな人物が続々集まってくる。もともと雑多な人種が住む街で、インド人、日本人、中国人、ネパール人、チベット人に、インドと英国の混血(ユーラシアン)も多い。

 

        

 

 チベットでは社会主義政権を倒そうとしたダライ・ラマの叛乱が失敗、多くの難民がインドに流れてきた。大半は物乞いをして暮らしているのだが、官吏や僧侶に収奪され続けるチベットでの生活よりはマシだという。

 

 街に来る途中毛利が出会った中国人の娘李碧は、2人連れの男女に拉致されそうになった。助けた毛利は、知人の病院に彼女を匿う。この街で2歳の時に生き別れた娘と再会を果たそうとして旅をしてきたチベットの高僧がいたが、病が重くなって何かを長谷川に託したらしい。その「何か」を探る毛利は、何者かに崖から突き落とされそうになる。

 

 まだ第二次世界大戦を引きずっている頃の作品で、長谷川はインパール作戦の生き残り、他の登場人物も何らかの形で「大戦の傷」を隠し持っている。殺人事件のアリバイ工作というトリックはあるものの、本格ミステリーは表看板。作者が描きたかったのはこの街に集まる人たちの生態を通して「アジアの戦後」だと思う。

 

 このころの日本人は、今よりインターナショナルだったのかもしれません。もちろん神戸生まれの作者も国際人です。