新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

黒江壮の実家の街

 本書はいくつも紹介した、深谷忠記の「壮&美緒シリーズ」の中期(1992年発表)の作品。後にようやく壮が36歳の准教授の時に二人は結婚するのだが、この時点ではまだ29歳。婚約した二人は、初めて壮の実家を訪れる。場所は山口県萩市、言わずと知れた長州藩毛利家の本城があったところで、古来の伝統と名跡が残る街だ。

 

 旧氏族の流れをくむのだろうか、土地の名士はかなりが縁戚関係にある。街で一二を争う旅館「萩望荘」の花崎家と、やはり大手の旅館「銀波荘」の遠山家は縁戚関係にある。建築家である壮の父親黒江高志も、この縁続きになる。

 

 黒江壮と美緒が萩行きを計画していたころ、遠山家の娘千草のもとには花崎家の長女で7年前に旅館の客と駆け落ちして行方不明となった、亜希子の目撃情報が寄せられていた。かつては亜希子の婚約者でもあり、現在の「萩望荘」の主人稔の妻恵利は、亜希子の妹。花崎家は歴代、娘に養子を迎えることで家業を守っていた。千草は恵利だけには「目撃情報」を告げて「今度壮さんが萩に行くから相談したら」と伝える。

 

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 このことが殺人事件の呼び水になるとも知らず、壮&美緒は実家にやってきた。おしゃべり女の美緒にとって、婚約者と似て無口な父親とそれを優しく受け止める母親との出会いは、ほっとできるものになった。

 

 滞在中に勧められて津和野見物に行った壮は、そこで亜希子らしい人物をみかける。さらに亜希子と連れ立っていた男は、萩~津和野の高速バスで一緒だった。その男が指月城跡で刺殺され、二人は事件に巻き込まれる。男は「萩望荘」の宿泊客で、死に際に「いしばし」とつぶやいた。それは、かつて亜希子と駆け落ちした男の苗字だった。

 

 舞台として萩市街はもちろん、津和野町・青梅島・長門湯元温泉と、付近の景勝地が網羅されている。加えて、長州人である壮たちの頑固さが微笑ましい。僕自身もこのエリアは学生時代に2度ほど訪れ、美しさに感動している。

 

 解説には「シリーズ屈指の傑作」とあるのだが、ちょっと感傷的なだけでミステリーとしての評価は高くないと思う。美緒のわがままさ(これが事件解決に結びつくこともある)も目立たないし。

 

 まあ、トラベルミステリーとラブストーリーの結合と考えれば、面白く読めたのは確かですが。