2019年発表の本書は、オーストリアの歴史ミステリー作家アレックス・ベールのWWⅡユダヤ人悲話。1942年春、前年に始まった独ソ戦はドイツにも大きな負担を与えていた。ナチス幹部は荒廃したポーランドやベラルーシなどの土地を、ユダヤ人の労働力で再生させようと考えた。ドイツにいる1,100万人のうち働けるものはすべてかの地に送り、死ぬまで働かせようという計画だ。
ニュルンベルグでその計画を遂行しようとしていたノスケSS中佐だが、愛人の女優を城を改造した自宅で殺されてしまった。出入りする者は全て記録されていて、殺人の時間帯には女優しか城内にいなかったはずだ。女優が有名人だったことから、ベルリンは高名な探偵ヴァイスマン少佐を現地に派遣する。しかし反ナチス組織が彼を襲い、身分証など奪った。
一方ニュルンベルグでは、ユダヤ人の古書店主イザークがナチスからの召喚状を受けて悲嘆に暮れていた。召喚された知り合いは、ことごとく消息不明になっている。せめて老いた両親や妹とその幼子たちは救いたいと、イザークは元恋人で反ナチス組織と噂のあるクララに救いを求める。クララは家族をかくまってくれたのだが、イザーク自身にはミッション遂行を求めた。それはヴァイスマンになりすましてナチスの牢獄に囚われている組織の男と接触すること。
身分証や装備、軍服などを渡されたイザークは、中世の堅牢な城で起きた密室殺人の捜査をする羽目になってしまう。しかし彼は英米のミステリーで覚えた名探偵のセリフを吐き、内心はビクビクしながら探偵を演じる。ユダヤ人嫌いのナチス士官を演じているため、彼は豚料理を食べたり、ユダヤ教の悪口を言わなくてはならない。
「ユダヤ人には当然の報い。奴らは長く私腹を肥やし、ドイツ民族に負担をかけてきた」
などとの非難にも(心中神に詫びながら)同調して見せる。しかも牢獄の男は「組織には裏切り者がいる」と、イザークに細心の注意を求める。
実に緊迫したスパイスリラーで、荒事などしたこともないイザークの肩にかかったユダヤ人の命の重さはとてもリアル。現代オーストリアのミステリー作家、なかなかの筆力と思います。