新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

南カリフォルニアの女探偵、デビュー

 アルファベットを順番にシリーズタイトルに付けてゆくという、稚気あふれる作品群を残したのが、女流作家スー・グラフトン。長く脚本家を務めてきたのだが、収入は多くても脚本家は影の存在、自分の顔を出して物語を世に問いたいと考えての転身だったらしい。

 

 アルファベット順に続くこのシリーズ、ヒロインに選ばれたのは一人で私立探偵事務所を営む元警官の女性、キンジー・ミルホーン。32歳で離婚歴2回、一人称で登場するため「とびきりの美女・・・」のような記載は見られないが、気風のいいお姉さんであることは確かだ。

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 作者はカリフォルニア州サンタ・バーバラ在住。キンジーが住んでいるのも人口8万人の美しい街サンタ・テレサである。本書(1982年発表)では、夫を殺した罪で服役し刑期を終えて街に戻ってきた女性ニッキが「夫を殺した真犯人を見つけてほしい」と依頼してくる。被害者となった夫ローレンスは弁護士、生前キンジーとも面識はあった。

 

 ニッキはローレンスの2度目の妻。ローレンスには前妻との間に2人の子供があり、ニッキも一人の子供を産んでいる。2人の妻以外にも、彼の人生には多くの女性が登場していた。ローレンスは有能な弁護士だが女性となるとだらしない人物で、これもまた壊れた家庭の物語である。

 

 死因は夾竹桃から取った毒薬を常備薬のカプセルに入れて飲まされたもので、彼の周辺にいた人物なら誰にでも機会はあった。不思議なのは彼の死後数日たって、ある会計事務所の女性事務員が同じ夾竹桃毒カプセルで死んでいること。ローレンスの弁護事務所とその会計事務所に取引はあったが、事務員とローレンスの接点は見えてこない。キンジーは、愛車を駆ってローレンスの子供たちや関係者を訪ね歩く。砂漠を丸一日走ってラスベガスまで出かけるのだが、訪ねた証人は銃で撃たれて殺されてしまった。

 

 陽光降り注ぐ西海岸で、キンジーは多くの影を背負った人物と会い、怒りや悩み、悲しみを分かち合う。時には女性と思えないような汚い言葉を吐きながら、彼女の行動は颯爽としている。男が描くヒロインではなく、女が理想とするヒロイン像なのかもしれない。事件の解決へのストーリーに意外性はないのだが、ヒロインの行動に付いていくうちに最終ページに来てしまったような読後感だった。

 

 グラフトンはアルファベットを追って「Y」まで発表したところで亡くなった。この後、隠れた原稿が出てくるか、誰かが「Z」を書き継ぐか、作品以外にもそんな謎が残っている。