新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

文豪の余技

美術評論家ウィラード・ハンチントン・ライトがミステリーを書くにあたり、S・S・ヴァン・ダインという筆名を使うことにした。その理由を、イギリスに比べてアメリカの文壇にミステリーを軽視する傾向があるから、と述べている。確かにイギリスでは、文壇で名を成した人たちが数編のミステリーを書くことに抵抗感はない。
 
 熊のプーさんで有名なA・A・ミルンの「赤い館の秘密」は、古典の中のベスト10には常に名前が挙がる。素人探偵2人がユーモアをまじえながら、ゆっくりしたペースで犯人を追う。洋館から小屋まで伸びる抜け穴が早々にみつかるが、事件の真相はなかなか見えてこない。せちがらくないのが好きな人、ゆったりとロックング・チェアにゆられながら読むには適当だろう。
 
 このような例は多く、E・C・ベントレーの「トレント最後の事件」や、A・E・W・メースン「矢の家」、ロナルド・A・ノックス「陸橋殺人事件」など、イギリスに集中している。イーデン・フィルポッツは、田園小説・歴史小説の大家で「ダートムアを舞台にしたものを多く著わした。60歳を越えてからミステリーを20編ほど書いたが、この「赤毛のレドメイン家」を始め評価の高いものがいくつかある。
 

          f:id:nicky-akira:20190420223103j:plain

 特徴的な赤毛を持つ兄弟を中心に、ダートムーアからイタリアのコモ湖へと舞台を巡らせて、連続殺人事件が展開される。ロンドン警視庁のベテラン警部が休暇中に事件に巻き込まれるが、事件の渦中にいる女性に心を奪われて解決に近づけない。
 
 中盤にもうひとりの探偵が登場して物語のテンポが速くなるが、刻々と変わるダートムーアの日没の情景など、じっくり書き込まれていて味わいがある。最後に意外な犯人の正体が暴かれるのだが、プロットやトリックについては、さすがにうならされるものがある。本格探偵小説とはこう書くのだ、というお手本のような一遍である。