新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

黒のモチーフを持つ作家

 コーネル・ウールリッチ別名ウィリアム・アイリッシュという作家は、独特なサスペンス小説をいくつか書いた。「黒」を冠した題名が多かったのも、特徴である。代表作は3つと言われ、

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(1)幻の女 殺人罪で有罪判決を受け、死刑が迫る友人のために、
     彼のアリバイを証明してくれる幻の女を探し求める男女の話。
 
(2)暁の死線 殺人の冤罪を着せられそうになった青年が同郷の女性
     と共に独自捜査をするが、残された時間は夜明けまでの5時間。
 
(3)黒衣の花嫁 復讐を誓った女性が、5人の男に近づき彼らを順番に
     殺してゆく話。山本周五郎が「五辨の椿」の発想を得たという。
 
 いずれも何らかのタイムリミットがあり、それまでに目標を達しなくてはいけないというサスペンスが、全編にみなぎっているのが特徴である。ミステリーとして相応のトリックは使われているのだが、解決に至る中盤のサスペンスは他の作家の追随を許さない。よく考えてみれば、タイムリミットに追われないでさっさと警察に駆け込んで本当のことを言えばいいと思うのだが、読んでいる間はそこまで気が廻らないくらい熱中する。
 
 多くのベストセラーを書き財政的には豊かだったはずだか、晩年はアルコール依存症や糖尿病に苦しみ64歳で亡くなっている。暗い作風同様性格も明るい方ではなかったようで、生涯ホテル暮らしをし人と逢うのをいやがったという。
 
 短編に「晩餐後の物語」というのがあり、高校生のころに読んで衝撃を受けた。復讐を誓う富豪が晩餐会に数人を招き毒殺を図るが、実はそのうちの誰が復讐すべき相手かは分かっていない。しかし自分の死期が近くここで決着をつけたい、という話。上記3冊の長編も含めて、強い思い(往々にして暗い情念のようなもの)が時間の経過で研ぎ澄まされてくる過程にすごみがある。私生活では人嫌いで不遇だったようだが、その性格あってこその作風だったのだろう。