新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

二つの日記、二人の訳者

 1992年発表の本書は、南仏カンヌ出身の女流作家ブリジット・オペールのデビュー作。裏表紙の解説に「フランスの新星によるトリッキーなデビュー作」と紹介されていたので、知らない作者だったが買ってみることにした。「トリッキー」とう言葉に僕は弱い。ただフランスミステリーのこの言葉には注意が必要だ。以前紹介したセバスチャン・ジャプリゾの「シンデレラの罠」も一人四役というトリッキーな作品で、何か悪ふざけにあったような違和感を覚えたとコメントしている。

 

 本書は医師のマーチ博士夫妻と4人の息子(四つ子!)の家に住み込みで働くメイドのジニーが、夫人のコートの中から「殺人者の日記」を見つけるところから始まる。幼いころ近所の女児を焼き殺した話から、最近レジャーに行った町で女の子を刺殺した話まで綴られている。

 

 これを盗み読みしたジニーも日記をつけ、二つの日記が交互に載せられてストーリーを進めていく。ジニーは前科者で今も指名手配中、偽名でメイドになったことから殺人者の日記を持って警察に駆け込めない。それでも好奇心から盗み読みはやめられず、やがて「殺人者」も誰かに盗み見られていることに気づく。

 

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 「殺人者」は4人の息子のひとりらしいのだが、四つ子のこともあって誰なのかジニーには分からない。同じ18歳で、医学生・音楽院生・司法修習生・工学部生と専攻は異なるのだが嗜好も似ているためプロファイリングも難しい。盗み読みに気づいた「殺人者」が嘘のデータを書いてくる可能性がある。その間にも、隣家の娘など犠牲者が増えていく。

 

 悪魔のような性格ながら、教養もあってちゃんとした文章を書く「殺人者」と、前科者で無教養、酒にだらしがないジニーの二つの日記は、もちろん文体が異なる。解説によると、二人の訳者が各々の日記の翻訳を担当したとのこと。サスペンスフルなうえに口語体で分かりやすい訳文なので、あっという間に読み終えてしまった。

 

 この作者、なかなかの実力者です。面白い構想を意外な結末(ヒネた読者にはうすうす気づくのですが)を含めてうまくまとめています。デビュー作に続く3編の紹介も解説にあったので、探してみることにします。