新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

記憶の空白3年半

 本書もウィリアム・アイリッシュ初期(1941年)の作品。200ページに満たない中編のような作品だが、冒頭から中盤にかけてのサスペンスは背筋を寒くさせるほどだ。主人公が記憶の空白期間を「黒いカーテンに覆われたようなもの」と感じたことからこのようなタイトルになり、作者の「黒のモチーフ」に列せられることになる。

 

 歩行中崩れた壁の下敷きになり頭を打った青年フランクは、幸い大きなケガもなく救い出されるのだが、直前3年半の記憶がすっかりなくなっていた。家に帰ると(3年半前に)失踪した夫が帰ってきたと、泣きじゃくる妻に迎えられる。しかも彼の周辺には、目つきの悪い拳銃を持った男の影がちらつき始める。3年半の間に俺は何をしたのか?フランクの心に答えのない疑問がのしかかる。

        

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 執拗な尾行に神経質になったフランクだが、ついに尾行者が自宅に押し掛けるに及んでフランクは妻を実家に帰し、一人で過去を探すことにした。手掛かりはポケットに残った煙草入れなどの小物だけ。

 

 記憶を失っていた期間出入りしていたであろう街に部屋を借りたフランクは、財布の小銭の残りを数えながら自分を見知っている人に遭遇することを祈って街を歩き回る。ついに3年半の間愛し合っていたと思われる女性に巡り合ったフランクは、自分が使用人をしていた家の主人を射殺した容疑で指名手配されていることを知る。

 

 手持ちのお金が底をついてしまったり、乗るべき終列車の時間が迫ってくるなどひとつひとつの試練は珍しいものではないが、それらが次々とフランクに襲い掛かってくるので読者も息をつく暇がない。150ページを過ぎて事件は解決へとなだれ込んでいくのだが、そこに用いられたトリックは慣れた読者にとっては難しいものではない。

 

 むしろそれ以前のサスペンスの積み重ねが、本書の(作者の)真骨頂である。代表作3作に挙げられていない短い作品でもなかなか読みごたえがありました。