新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ヘイスティングズ大尉の恋

 ミステリーの女王アガサ・クリスティーの長編第3作が本書。1920年に「スタイルズ荘の怪事件」で、ベルギーからの亡命者ポアロ探偵を登場させた彼女だったが、第2作「秘密機関」では冒険好きな若い二人トミー&タペンス・ベリフォードを主人公にした。察するにクリスティーが描きたかったのは、若い二人の冒険譚だったのだろう。しかし、デビュー作は商業受けする本格ミステリーにせざるを得なかったのではないか。


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 例えば後年、洞窟の冒険が大好きのアンドリュー・ガーヴもデビューは本格サスペンス「ヒルダよ眠れ」だった。クリスティーの場合も大家であるイーデン・フィルポッツの指導を受けたというから、その結果おかしな英語を話すカリカチュア化された名探偵ポアロを生み出したのかもしれない。
 
 ここからは僕の推測にすぎないが、「スタイルズ荘の怪事件」はそこそこ売れたのに、「秘密機関」はそれに及ばなかった。そこで1923年本書で再びポアロを登場させたのではないか。というのは、命の危険から助けを求める手紙を受け取ったポアロがワトソン役のヘイスティングス大尉を連れてフランスに渡ると、依頼人はすでに殺されていた。パリの若手名探偵ジローとポアロが推理の競演をする・・・というシナリオ自身が読者受けを狙ったものとしか思えないからだ。
 
 さらにサーカスの娘に恋をしてしまったヘイスティングス大尉が、あろうことか捜査妨害行為を(しかもフランスで)してしまい、事件の混迷を深めてしまう。そのサーカスの娘のほかにも、魅力的な美女(含む美魔女)が何人も登場するなど、謎解きのメインストーリーとは別に「こう書いたら受けるだろうな」という作者の思いが感じられるのだ。
 
 長編第6作「アクロイド殺害事件」でセンセーションを巻き起こして以降の彼女の作品群は、女王の名にふさわしいものだ。しかしそれ以前の何作かはデビュー作を除いて印象が薄く本書も若いころ読んだ記憶はない。本書は、女王になる前の「習作」だったように思います。