エラリー・クイーンがバーナビー・ロス名義で発表した、「Xの悲劇」に始まるドルリー・レーンもの4部作は、本書で完結した。聴覚障害になって舞台を降りたシェークスピア劇の名優を探偵役にしたシリーズは、先輩格のS・S・ヴァン・ダインより、本家のエラリー・クイーンものよりも好評を博していた。
ペダンティックが鼻につく貴族探偵ファイロ・ヴァンスより、薄っぺらさが目立つエラリー青年より、人生の重みを背負った名優はそれだけで小説の主人公の風格を持っていたし、謎解きの華麗さではエラリーに劣らない。(当たり前なのだが・・・)
ニューヨーク郊外の「ハムレット荘」という豪奢な建物で、シェークスピア劇の登場人物や装飾の中で暮らしていても、ヴァンスのような嫌味さを感じさせない。ドルリー・レーンという主人公を描くことによって、作家としてのエラリー・クイーンは確かに成長したと思う。
今回の事件は、「Zの悲劇」から日をおかない時期のもの。レーンは70歳代であり第二の主人公サム警部の娘ペーシェンスは21歳である。事件はサム警部の探偵事務所に、虹色のあごひげの男が奇怪な封筒を預けていくことから始まる。男は、条件が整ったら封筒を「ドルリー・レーン氏の立会いの下で開封する」ことを要求した。
その後、現在は3冊しか存在していないシェークスピア著「情熱の巡礼」の1599年版を巡って、怪しげな人物がうごめきまわる。ペーシェンスは博物館の青年学者ゴードンと一緒に事件を追い、サム警部やレーンも加わるのだがなぜかレーンに精彩がない。これまでの「悲劇」と異なり、物語の3/4は稀覯本を巡る事件で死体は残り100ページというところで登場する。
このあたりが、本格ミステリーとして読むと期待外れな部分だろうか。読者が推理を働かせる対象が「犯人は誰か、どうやったのか」に集約されず、稀覯本を誰が何のための追いかけているのかが謎のままページが進んでいく。事件が大詰めになっても、レーンの復活はなく「90歳になったような気分だ」と全面解決の前にハムレット荘に引き揚げてしまう。
最後のページでペーシェンスの示す「殺人犯人の特徴」は、多くの読者の意表を突くだろうし「悲劇4部作」のフィナーレを飾るにふさわしいものだ。作者はこの幕切れを想定して4冊の構成を決めたのだろうが、ちょっともったいなかった気がする。エラリーよりも風格のある名探偵レーンは、少なくとも6~8作に登場してほしかったと思うのです。