新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

たどりついた境地(後編)

 全部で800ページ近い大作(最近ではそうでもないか?)だが、すぐに不可能興味をそそる殺人事件が起きる。キャンパスで、音楽専攻の女子学生がマジックの仕掛けに拘束されて絞殺される。警官が現場に踏み込んだ時、犯人はまだそこにいてキャンパスの中を逃げてゆく。追いつめたと思った部屋はもぬけの殻、裏口にいた用務員は誰も通らなかったと証言する。

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 ははあ、ガストン・ルルー「黄色い部屋の謎」のトリックだなと思った。それは当たっていたのだが、犯人である「魔術師」は次々とトリックを繰り出してくる。第二の犠牲者は鍵をかけて閉じこもったのに、ドアをすり抜けた「魔術師」に人体切断の刑を受けてしまう。現場に駆け付けた警官は、70歳ほどの老婆とすれ違うがその老婆こそが「魔術師」である。
 
 ライムチームが第三の犠牲者を現場の遺留品から目星をつけ、彼女(馬術好きの女弁護士)はサックス巡査らによって間一髪救われる。サックスたちは「魔術師」を追い詰め一旦は逮捕するのだが、「魔術師」は見張っていた警官を殺し車ごとハドソン川に落ちたと見せかけて見事な脱出劇を見せる。ロープ芸、ピッキング、早変わり、脱出等々、犯人の繰り出す芸に官憲は翻弄される。
 
 ライムチームの捜査は現場の遺留品調査なのだが、これも犯人がわざと残した偽の証跡が混じっている。ほとんどすべての証跡が疑わしいとも言える。早いうちに、犯人の氏名や経歴は明らかになる。数年前にサーカスの火事によって妻を失い、自らもひどいやけどを負った凄腕の奇術師(イリュージョニスト)らしい。本書には多くの奇術用語が出てくるが「誤導」という言葉が最も頻繁に出てくる。ミステリーの世界でいう「ミスディレクション」である。
 
 イリュージョニスト見習いの若い女性カーラの助けも得て、ライムは逆に犯人に「誤導」を仕掛け、両者が罠を掛けあうことになる。二度三度逮捕されても、あっという間に手錠・足枷を外したり姿をくらます悪魔的な犯罪者「魔術師」をライムは捕えることができるのか、手に汗握る展開になる。
 
 奇術というものが「どんでん返し」の芸術のようなもので、ディーヴァーとしては天才的な奇術師をライムの相手におくことで「どんでん返し職人」としての地位を固めたのだろう。最後の30ページばかりは不要なようにも思うが、ミステリーと奇術のマリアージュの完成形ともいえる作品です。