新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

リンカーン・ライムシリーズへのステップ

 「どんでん返し職人」ジェフリー・ディーヴァーの1995年の作品が本書。同年の前作「監禁」については、少々辛口のコメントをした。その後ほぼ全身不随の捜査官リンカーン・ライムを主人公にしてブレイクしたディーヴァーだが、それまではそこまで傑出した作家ではなかったように思う。しかし本書には、大ブレイクを思わせるものがちりばめられている。

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 3人の脱獄犯が逃走途中にろうあ学校の教師・生徒10名を人質にして、使われなくなった食品工場に立てこもる。最初にその人質立てこもり事件の現場の地図が示されていて、実際ほとんどすべてのストーリーはそこで展開する。食品工場は道路から少し奥まったところにあり、裏手にはアーカンソー川が流れている。食品工場は食肉用家畜を処理したところで、多くの動物の血を流した跡があるのが不気味である。
 
 連邦捜査局(FBI)の危機管理担当官ポターが呼び出され、事件解決を託される。ポターは実績ある交渉人だが、妻を亡くし体重増に悩む中年男、決してヒーローっぽくない。ポターは情報担当、通信担当、心理学の専門家などを召集、指揮体制を固める。100名を越える州警察(FBIとは指揮系統が異なる)が包囲する中、知事などの政治家、州警察との調整、集まってくるメディアへの対応と、単に犯人と交渉するだけではない危機管理官の仕事ぶりがヴィヴィッドに描かれる。
 
 10名の人質は全て女性、脱獄犯は凶悪・屈強な若い男であり、3対10とはいえ危険な状況である。さらに1人の教師を除いて人質全員がろうあ者であることが犯人を有利にしている。作者は障がい者である人質で見習教員のメラニーを主人公の一人に据え、障がい者の視点でストーリーを展開させていく。これは後年のリンカーン・ライムシリーズにもつながるもののようだ。
 
 一方脱獄犯のリーダー、ハンディの底知れぬ冷酷さ・狡猾さも際だっていて、ライムと対決する凶悪犯の原型を思わせる。メラニーは大柄で粗暴な犯人のひとりではなく、何を考えているか油断のできないハンディを恐れ「ブルータス」とあだ名する。
 
 事件はおおむね1日で終結するが、最後の50ページはじりじりする人質事件の交渉からうって変わり、ダイナミックな展開をみせる。最後の部分のサスペンスは秀逸で、少し決着がうまく行き過ぎるような気もするが「どんでん返し」は見事である。ディヴァー先生、このあたりでコツをつかんだのでしょうね。