新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

嘘というボディガード(後編)

 ブリテン島にいたスリーパーは、ドイツ人の父とイギリス人の母を持ち、子供のころイギリスで暮らしていたこともある、アンナ・カタリーナ・フォン・シュタイナー。フォンという名が示すように、父親はドイツ貴族でありネイティブ同様の英語を話すこともできる30歳代前半の美女である。彼女は、フォーゲル大佐にリクルートされてミュンヘン近郊の特殊な村で、イギリスと同じ暮らしをする訓練を受けた後、オランダ人のパスポートでイギリスに入国する。

 

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 その村では英語の新聞を読み、ポンドで買い物をし、英国式のアフタヌーンティーを飲む生活をする。似たような話は、大韓航空機爆破事件の犯人が語った北朝鮮のスパイ養成機関の様子に出てくる。そして、格闘や射撃、殺人術の訓練もある。
 
 フォーゲル大佐は、イギリス人キャサリンとなった彼女を使って、連合軍のマルベリー計画を探り、上陸予定地点や時期を知ろうとする。そのため、空挺部隊の猛者ノイマン中尉をキャサリンの支援に、イギリスに上陸させる。
 
 MI-5では、スパイ網の監視役ヴィカリー教授がドイツ側の不穏な動きに気づき、スリーパーの正体や目的を知ろうと調査を始める。面白いのは、イギリスの防諜機関の中にも不審な動きをする幹部がいること。ヴィカリー教授とその部下は、誤情報や情報隠しにあって真相になかなか迫れない。
 
 一方のドイツ諜報機関も一枚岩ではない。カナリス提督そのものが、反ヒトラー組織「黒いオーケストラ」の一員であり、ヒトラーの側近もそれを疑い始めている。これは事実である。多くの登場人物の過去をフラッシュバック的に語る章や節が時々出てきて、前半はなかなか理解が進まない。エリート・スパイであるキャサリンも、暗い過去と恐れる心、苦しみや迷いの中にいる様子が描かれていて、単なる活劇ではない。800ページ中残り150ページころからは、キャサリンノイマンUボートを使って脱出できるか、ヴィカリーらがそれを阻止できるかというサスペンスフルな展開になる。
 
 冒頭に「戦時には真実は貴重なので、常に嘘というボディーガードをつけないといけない」とのチャーチル卿の言葉が掲げられている。僕たちのビジネスの場でも、命のやり取りこそないものの、似たようなことは言えますけどね。