新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

嘘というボディーガード(前編)

 古来、ジャーナリストが作家に転じることは多い。1996年に本書でデビューしたダニエル・シルヴァもジャーナリストだった。それも、CNNのエグゼクティブ・プロデューサー在職中に書いたのが本書というから、どこにそんな時間があったのだろうかと驚いた。湾岸戦争は、ある意味CNNが支配した戦争とも言える。それから5年経ち、絶頂期のCNNのプロデューサーは忙しいに決まっている。

 
 また選んだ舞台が、湾岸戦争など近代戦ではなく、すでに多くの人たちが描いたノルマンディー上陸作戦前夜の諜報戦であることにも驚かされる。本書の、上陸地点をめぐる虚々実々の駆け引きの中で、ドイツのエリート・スパイが重要情報を持ってイギリス脱出を図るというメインストーリーには、ケン・フォレット「針の眼」(1978年)という先輩もいる。

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 実際、連合軍の大陸反攻作戦の成否は、その上陸地点をどこに選びそれをドイツ軍にさとられないかに掛かっていた。東部戦線では、軍事物資の援助を受けてスターリンの軍隊が息を吹き返し、反撃に転じていた。イタリアはすでに降服していたが、少数のドイツ軍が峻険なイタリア半島で巧妙な防衛線を張って、膠着状態にあった。
 
 第三の戦線はやはりベネルクス3国からフランスに至る海岸線への上陸作戦で開かれるべきで、連合軍がパリを解放してライン川に迫れば、ナチス・ドイツは崩壊すると思われた。
 
 一番ブリテン島から近いのは、ドーヴァーの対岸カレーであるが、当然のように強固な防御態勢が整えられている。フランスへの上陸を阻止する役割を担っていたのは、大戦初期に「幽霊師団」を率いてフランス戦線で暴れまわり、北アフリカで神出鬼没の戦いを見せた「砂漠のキツネ」ことロンメル将軍である。
 
 連合軍は、ロンメルヒトラーの警戒を躱し、ノルマンディー地方の海岸に上陸することを決めた。問題はいくつもあったが、春の時期この地方は海が荒れ、上陸部隊への海上からの補給が難しいという難題が残った。これを解決すべく、マルベリーと呼ばれる巨大な人口埠頭をブリテン島で建造し、これを海上輸送して急造の埠頭にする計画が検討された。
 
 本書では、ブリテン島にドイツ軍が張り巡らしたスパイ網は、全てMI-5(防諜機関)に摘発されて、嘘の情報を流す二重スパイしか生き残っていないという設定になっている。ただ、ドイツ諜報機関の長カナリス提督がフォーゲルという士官に命じて作り上げたエリートスパイ組織だけは、1944年になっても活動もせず眠りについて(スリーパーという)いた。大陸反攻作戦を失敗させればドイツに勝ち目が出てくると考えたヒトラーは、「どんな手段を使っても、上陸地点を割り出せ」と指示し、カナリス提督はついに虎の子のスパイに活動を命じる。
 
<続く>