新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

圧倒的な1,000ページ(後編)

 欧州委員会、各国政府、電力会社などが右往左往して実態もつかめない時、スマートメーターに異常なコードを発見した元ハッカーの中年男ピエーロ・マンツァーノはこの停電がサイバー攻撃によるものだと気づく。しかし政府への反対運動での逮捕歴もあるマンツァーノの言葉をイタリアの官憲は全く受け付けない。彼は友人たちと、欧州委員会のサイバーセンターのあるデン・ハーグを目指す。


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 何年か前、サイバーセキュリティの国際会議でハーグに行ったことがある。そのような機関があるとは知らされなかったが、古都ハーグにはそういう背景があることは感じられた。さて、長期にわたって電源を失ったことで市民生活以上に危機的になったのは、原子力発電所である。本書の冒頭には、ヨーロッパの主な原子力発電所の位置が示されている。
 
 原子力発電所に保管されている核燃料は、冷却し続けなくてはメルトダウンを起こす。これは日本国民が皆経験したことだ。このような広域停電では、どこからか電力を運んでくることはできない。電源車の燃料も補充されるのは何時か分からない。フランスのローヌ地方にあるサン=ローラン原発が最初に危機に陥り、オルレアンからパリまで放射性物質が降る。
 
 作者はオーストリア人だが、ドイツ系民族の原子力に対する恐怖心は非常に高い。目に見えない放射能についての記述は、過剰なまでにヴィヴィッドである。オルレアンに避難した老夫婦が、避難先に閉じ込められて心臓病のクスリが切れて死ぬシーンや(停電関連死)、動けない入院患者に毒物を注射して回る医師の姿などは涙を誘う。
 
 マンツァーノは欧州委員会に協力し始めるのだが、彼の存在に気づいた犯行グループはかれのPCに偽メールを仕込み(この手口も面白い)、罠にかける。犯行グループの一員と疑われたマンツァーノはアメリカ人ジャーナリストらに助けられてヨーロッパ中を逃げ回る。そしてついに彼のハッキング能力は、犯行グループをあぶりだす。
 
 冴えない前科者の中年男が汚れ傷つきながら真相に迫るプロセスは、まあ普通のサスペンスもの。それでも犯行グループの周到な準備やスマートな手口については(誇張があるとしても)、専門家でなくても参考になるだろう。
 
 少し専門的すぎる部分もあるが、テーマゆえにいたし方のないところだと思う。近代的な生活を支えている電力というものがいかに大事か、また新しいリスクとして自然災害以外にも目を向ける必要性を教えてくれる良書であります。