本書(1998年発表)も、津村秀介のアリバイ崩しもの。昨年、比較的初期の作品として「寝台特急18時間56分の死角」を紹介しているが、その時の舞台も「さくら」だった。
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この時はルポライター浦上伸介がこの列車で東京に向かう途中で、容疑者の男のアリバイ工作に利用されてしまう。時代は20世紀、まだ長距離寝台特急が日本を走っていたのだが、その中でも東海道線・山陽本線から九州各地に向かう寝台特急は、アリバイ崩しものも頻繁に登場する。
理由の一つは、旅情ものの2時間推理ドラマにすると「華」があることだったろう。ミステリーとしてよりは(豪華列車で)旅行気分を味わいたくて観る人も多かったろうから。もう一つの理由は、このルートにはいくつもの側線があったこと。代表的なのは航空機で、羽田・名古屋(小牧)・大阪(伊丹)・岡山・広島・福岡などの空港が利用できた。加えて新幹線、本書の冒頭に「さくら」の時刻表が載っているが、東京17時58分発の列車が岐阜に22時50分に到着するまでには、追いつける超特急は一杯ある。
加えてハイウェイバスやその他の夜行列車など、「犯人」が使える手段は非常に多い。「さくら」は10月に紹介した伸介&美保の「山峡の死角」でも、重要な役割を果たしていた。
本書の事件は御殿場、廃屋のような一軒家で一人暮らしの職人が何者かに刺殺され、放火された事件だ。身寄りもなく無口で酒好きなだけの男ゆえ、容疑者が浮かばない。静岡県警が手詰まりに陥っているところ、「週刊広場」にタレコミ電話が入る。それによると、被害者は仙台で事故死した男の婚約者に恨みを買っていて、その女が犯人だという。しかし調べてみるとその女は、御殿場の事件のあったころには「さくら」で愛知県内を走行していたことになっていた。
関係者の出身地が東北と九州に分かれているため、伸介&美保は鳥栖からとんぼ返りして山形に向かうなど、時刻表をもって日本を駆け回る。例によって何層ものアリバイ工作をはがしてゆくのだが・・・。
多くのアリバイ崩しものを書いてくれた作者も、2000年に突然亡くなりました。あと5~6冊本棚に残っています。大事に読みましょう。