新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ヴェルサイユに押し掛ける群衆

 昨年12月、偶然だがウィーンとパリへの出張があった。個人的にも何度も訪れたこの2つの街、少し趣は違うがヨーロッパの古都としての重みを感じさせる。そんな感傷もあって手に取ったのが本書。藤本ひとみという人の本を読むのは初めて。西洋史に造詣の深い人で、ヨーロッパを舞台にした歴史ロマンや犯罪心理小説が多い作家と解説にある。本書の発表は1996年、フランス革命前夜のパリへハプスブルグ家から密使として送られた青年士官ルーカスの物語である。

 
 ハプスブルグ家マリア・テレジアの末娘マリー・アントワネットは、ブルボン家ルイ16世に嫁していたが、「オーストリアの贅沢女」と民衆から嫌われている。時代は絶対王政から立憲君主制へと移行しつつあり、ハプスブルグ家のヨーゼフ二世(マリーの兄)も国民との契約に基づく新しい王制への移行に尽力しているのに、マリーは絶対王政にしがみついて民衆の怒りを買っているのだ。

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 マリーを諭すためにウィーンから送られたルーカスは、マリーより数歳下の幼馴染。(女流作家が好む)長身のイケメンである。2都市間を6日で駆け抜けたルーカスを、マリーは歓待するのだが新しい時代を説く彼の言葉はまるきり届かない。パリはオルレアン公ルイ・フィリップの策動もあって政情不安、民衆のデモや暴動が頻発している。
 
 パリ中心街から東に少し離れたところにあるヴェルサイユ宮殿にマリーやルイ16世はいるのだが、女性を中心にした大規模なデモ隊が迫り、「高すぎて買えないパンは売ってないのと同じ」と口々に叫ぶ。もちろん彼女らには、ケーキもない。燃料税に端を発する抗議活動や、コンビニが捨てたものをあさる人たちを去年目撃したが、歴史は繰り返しているということだろう。
 
 特段意外な展開があるわけでもなくある意味淡々と進む物語だが、この作者の文章は読みやすいと思う。ミステリーではない点を考えても、大きな筋立て(戦略)は△、エピソードの積み重ね(作戦)は×、でも表現や描写(戦術)は◎だと評価(失礼!)できる。ちょっと男たちがかっこよすぎるように思うが、女流作家ですからね。また別の作品を探してみます。