レン・デイトンは米国生まれだが、英米で作家活動を続けた。1960年代に発表した「イプクレス・ファイル」、「ベルリンの葬送」、「十億ドルの頭脳」は、リアルなスパイストーリーを叙情的な文体・描写で綴ったとして高い評価を得た。
しかしこれらの諸作も、今の日本ではあまり見かけない。第二次世界大戦やその後の東西冷戦をリアルなタッチで描いたものは、今の日本の読者の肌に合わないのかもしれない。ただ最近の「サイバー・エスピオナージ」の傾向を考えると、多くのビジネスマンが「諜報・防諜」に関する知識を持つ必要があって、そのためにはいい教科書だと思う。リアル空間でもサイバー空間でも、スパイの行動様式や狙うものは似ているのだから。
閑話休題、本書はSIS(英国秘密情報部)のベテラン諜報員バーナード・サムスンとその美しい妻フィオーナを主人公にした三部作の最初のもの(1983年発表)である。もうじきベルリンの壁が崩れる時を迎えるベルリン、長年東ベルリンから情報を送り続けてきたスパイ「ブラームス4」から、危険が迫っているとのワーニングが届く。
SISでは現場を離れて数年になるベテラン諜報員であるバーナードを現役復帰させ、「ブラームス4」への接触を命じる。なぜかというとこのところSIS内の情報が洩れているようで、「ブラームス4」へのコンタクトができなくなってきたことと、バーナードが「ブラームス4」と過去に深い関りがあったからだ。
バーナードは第二次世界大戦前のベルリンで育ち、言葉はもちろんネイティブだし土地勘もある。ただ同じSIS高級部員として働くフィオーナとの間に2人の小さな子供があって、現場復帰には少し抵抗感もあった。結局仕事を引き受けたバーナードは、SISからの情報漏洩を疑い、ひとりの英国外務省職員に目を付けた。彼が東側のスパイである公算は高い。
追及を続けるバーナードは、ある時点で奇妙なことに気づく。外務省職員に捜査の手が迫っているのだが東側が彼を支援したり、救出しようとする動きが全くない。・・・するとこの職員は囮か、ひょっとするともっと大物のスパイを守るための「捨て駒」ではないか。
ロンドンで静かに始まった物語は、40歳代・50歳代あるいはそれ以上のベテランスパイたちの過去を描きながら、徐々に謎を深めペースを上げていく。そして東ベルリンに潜入したバーナードの前に現れた「大物スパイ」の正体は・・・。久しぶりに重厚なスパイものでした。これは残り2作もさっそく読まないといけませんね。