新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

逃亡者と追跡者

 「逃亡者」というTV番組が日本でも放映されて、時々見ていた。妻殺しの濡れ衣を着せられた医師が、真犯人と目される「片腕の男」を追いながらも自らも官憲から逃亡するという、1960年代の連続ドラマだった。1993年に映画化され、逃亡者ハリソン・フォードと追跡者トミー・リー・ジョーンズの対峙は迫力があった。連続ドラマの方は、キンブル医師が変名である街に現れそこの人たちと交流しながらも、追跡者の手が伸びてその街を去るのがパターンだった。

 

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 小学生だった僕に逃亡生活ってこんなものかなという印象を与えた番組だったが、高校生になりミステリーにはまるようになって逃亡者のリアルな姿を知らされたのが本書(1956年発表)である。
 
 作者のビル・S・バリンジャーは目立たないがストーリテラーとして一流で、本書も流れるような展開で逃亡者(赤毛の男とその妻)、追跡者(ぼくというニューヨーク市警の刑事)の姿を交互に描きながら両者が交わるクライマックスに読者を持っていく。
 
 中学生時代から本格ミステリーが大好きで、なかなかサスペンスもの、警察ものには手を出さなかった僕が最初に買ったサスペンスものが本書だった。理由は「一見単純な構成の中に秘められた、最終ページの恐るべき感動!」という帯に惹かれたからである。
 
 エラリー・クイーンは第二作「フランス白粉の謎」で最終行で犯人の名を明かすというアクロバットをやってのけた。それに近いものか、と勘違いをしたわけだ。しかし読み始めてみると、ローハンという赤毛の脱獄囚と彼についてゆくマーセデスというブロンド美女の印象は強かった。逃亡にあたり殺害現場を隠蔽し、宝石やミンクのコートを持って逃亡資金を得ながら逃げる道を探るマーセデスの冷静沈着な行動が光る。その一方、精神が不安定なローハンは途中からマーセデスのお荷物になるし、ぼくという刑事の捜査もある意味ありきたりだ。
 
 最初に読んだ時は、「恐るべき感動」には出会えず仕舞いだったので、もう一度読んでみたのだがやはり当時のアメリカ社会とその病理を理解していないと感動できないなと再認識した。ぼくという刑事の正体が最終ページで明らかにされるのがその話だったのだろう。それよりもその2ページほど前、ぼくとローハンが拳銃を持って対決するシーンで、賢い女マーセデスのとった行動の方に「愛」を感じた。やはりこの作者は、一流のストーリテラー。もう1作、「歯と爪」という作品があります。これからそれを探してみましょう。