新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ミステリ作家への指南書

 高校生の頃、本気でミステリー作家になろうとしていた僕は、普通の小説のほかにも関係しそうなものを乱読した。人はどうやったら死ぬのか、気を失うのかといった医学関係のもの、犯罪を犯しても罪を免れたり、軽く済ませる法律関係のもの、銃器や爆発物の作り方、使い方、威力など軍事関係のもの。

 
 いまから考えればどれも入門書の域を出ていなかったのだが、まじめな高校生にとっては重要な教本。大事にして繰り返し読んでいた。それとはちょっと違うのだが、本書も非常に役に立った指南書である。佐野洋は「一本の鉛」で1959年にデビュー、新聞記者だった経験も生かした幅広い作風のミステリー作品を残した、特に、野球の世界を背景にしたものが多かった印象がある。
 
 膨大な長短編に加えて、僕が特に愛読したのが評論/エッセイである。「推理日記」は、双葉社の雑誌「小説推理」の創刊(1973年)に伴い、短い評論を連載し続けた。それをある程度の単位でまとめたのがこのシリーズで、2012年の「推理日記FINAL」にいたるまで12冊が発行されている。

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 連載エッセイゆえ、江戸川乱歩賞候補作の評論などその時期の話題が多いが、読んでみると普遍的なサジェスチョンを得ることができる。それはミステリを書こうと思ったら、こういうことに気をつけなさいと教えてくれる。特に本格ミステリは作者と読者の知的対決の面が重要なので、作者が読者をだますなどアンフェアなことをしてはいけないと作者は繰り返し言う。
 
 意図的なだましでなくても、作者のミスによって結果として読者をだましてもいけないから、極力ミスをしないように注意を払えと教えられた。例えば、
 
 ・被害者の身辺を調査している刑事が「××署捜査一課刑事」との名刺を出した。
  ⇒ 刑事というのは通称で公式文書に出るはずがない。よってこいつはニセ刑事。
  ⇒ 犯人の一味だろうと、読者は考えてしまうかもしれない。
 
 また、特殊な事情がない限り、実在する人物、企業、団体、建物あるいは場所まで実名を使ってはいけないということも書いてあった。作者の先輩後輩も含めて多くの作家のひととなりや、クセ、考え方なども勉強になって、いよいよ作家修行するぞとの思いを高めてくれたのが本書。読み返してみて、とても懐かしかったです。