新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

市民参加の司法・・・の舞台裏

 自身はさほどの多作家でもないが、ミステリーの厳正さにかけては人後に落ちない作家佐野洋。評論家は彼を、「当代一流の読み手」と称する。そんな作者の研究熱心さが顕れたのが、長編でも短篇集でもなく「連作推理小説」という本書(1995年発表)である。

 

 最近「桜を見る会」などの始末に対し、検察審査会が「不起訴にしたのは相当か不当か」の議論をしているが、この制度は以前からあった。そして近年導入された「裁判員制度」以前に、一般市民が司法の世界に関わることのできる制度だったわけだ。作者はこれに興味を持ち、審査委員になった人などへのインタビューを徹底してその舞台裏を把握し、小説の形で読者に紹介している。

 

 これには高いハードルがあった。それは「守秘義務」。検察審査会は、裁判のように公開されているものではなく、関係者は審査会で話された内容を他に漏らしてはいけない。だから作者は審査会の雰囲気や議論の流れなど抽象的なデータを得て、全体を構成しようとした。それもドキュメンタリーではなく小説として。

 

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 主人公佐田は、55歳の社会科教師。かつてはエリート都立高で教えていたのだが、教え子の姉と不倫関係になり、今の私立高に拾ってもらった。娘の結婚を機に妻からは離縁状を叩きつけられ、家も追い出されて田舎町で賃貸アパート暮らし。そんな彼に、検察審査員選任の知らせが届く。幸か不幸か審査員ではなく、それが欠場した時の補充員。それでも毎週水曜日は審査会に参加しなくてはいけない。いつ補充されて審査に加わることになるかもしれないからだ。

 

 本書はそんな佐田と、佐田の都立高時代の教え子米山、かつての不倫相手を思わせる妙齢の美女妙子は、様々な事件を経験する。審査会が終わった後、近くの喫茶店で3人で「反省会」を始めるのだが、ここでの会話やとんがった推理などが面白い。

 

・犬を毒饅頭で殺したのはなぜか?

・市長候補者が死んだのは、選挙有効後か無効のうちか?

・「ボケ防止」の祈祷に20万円取ったのはサギか?

 

 など、法律のスキマを突いたり、日常の思わぬところに潜むワナを、検察審査会という場で追及する話だ。派手な殺人事件やテロなどと違い、落ち着いた中に意外な結末があって、面白い「連作集」でした。