新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

実戦でしか得られない知識

 激烈を極めた太平洋戦争の航空戦、最後は「特攻機」として失われていった多くの航空機と乗員たち。そんな中でも、戦後まで生き残った航空指揮官たちはいた。1993年から足掛け3年間にわたって、生き残った指揮官のうちインタビューを受けてくれた17名の人に、雑誌「丸」が取材したのが本書のもとになっている。

 

 終戦時20歳代だった指揮官たちも、50年経てば70歳代。50年経たないとこのような企画ができなかったことにも、やや複雑な思いがする。インタビューに応じた元指揮官たちのキャリアはさまざまだ。太平洋戦争前の日中戦争時代から戦っている人もいる。搭乗した航空機も多様だ。

 

 本書には、戦闘機、急降下爆撃機、艦上攻撃機、陸上攻撃機飛行艇、水上偵察機・・・さらに特殊な水上戦闘機や試作だけで終わったジェット機まで登場する。長い大戦を戦い抜いた人たちが多いので、初期の機種からその後継機に乗り換えた話もある。僕らが後年資料やシミュレーションゲームで知った航空機のスペックと比べて、実際にその機を駆って戦った人たちの体験談では異なるものもあった。

 

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 一番印象的だったのは、97大艇で雷撃をしたという体験談。97大艇二式大艇は当時世界一の性能を持った飛行艇で、800kg魚雷2本を搭載できた。アバロンヒルの海戦ゲーム「Flat Top」では、日本軍の飛行艇の雷撃力は攻撃機97艦攻やアベンジャー)の2倍である。しかし851空日辻少佐によると、2本の魚雷を抱えて雷撃コースに入ればまるきり直線で飛ぶしかなくなる。対空射撃で撃たれ放題だし、敵艦の機動について行くのも難しい。戦果は挙げられなかったと証言している。

 

 陸上攻撃機については、マレー沖海戦などで勇名をはせた96陸攻・一式陸攻は、撃たれ弱いことから米軍から「一式ライター」と揶揄された。しかしその後継機「銀河」については、乗員が減り(9名⇒3名)高速で機動性が高くなって「使いやすい機種」だと攻撃401空安藤少佐が評価している。

 

 そのほか、紫電改空戦性能雷電の一撃必殺能力、零式三座水偵での爆撃行など多様なエピソードを知ることができた。試作機でも、ジェット機橘花」に乗った空技廠高岡中佐の体験談も興味深いですし、架空戦記によく出てくるエンテ機「震電」の話も出てきましたよ。