新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

モンマルトルの連続殺人

 フランスミステリー界の重鎮ジョルジュ・シムノンは、ベルギー生まれ。故郷のリェージュはフランス語に近いワロン語を話すエリアにあり、第二次世界大戦前から本格ミステリーをフランス語で書ける数少ない作家のひとりである。有名なメグレ警部(のち警視)シリーズは、短めの長編ながら100編を数えている。

 
 1929年「怪盗レトン」でデビューしたメグレ警部ものは、1972年「メグレ最後の事件」まで書き続けられた。1929年と言えばエラリー・クイーンのデビュー年であり、本格ミステリー黄金期の幕を開けた主役の一人であることが分かる。
 
 本書は、「最後の事件」に近い1965年の発表。メグレ警視は、パリ18区モンマルトルの丘やサクレクール寺院周辺で半年にわたって起きた連続殺人事件に挑む。2月の夜、女性の刺殺体が初めて発見されてから、暑い夏を迎えても捜査陣は犯人の手掛かりを得られないでいた。この間、犠牲者は5人に上っている。

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 年齢も職業も異なる彼女たちだが、いずれも固太りのがっちりとした体形の女性である。犯行の曜日や天候もまちまちだが、ナイフで刺殺した後下着に至るまで着衣を切り刻むという手口は同じ。5人とも性的暴行の跡はみられない。
 
 メグレ警視は知人の心理学者夫妻を招いた席でも、パリの「ジャック・ザ・リパー」とも呼ぶべき犯人の抑圧された心理や歪んだ性格について議論する。そして警視はメディアをも欺いて、パリ18区に大規模な罠を仕掛ける。ある夜、囮として配置された婦人警官の一人に、犯人が襲い掛かった。
 
 訓練された婦人警官はナイフにひるまず逮捕しようとするが、犯人は上衣の一部とボタンだけ残して逃走してしまう。警視の部下たちは、その手掛かりを持ってパリの洋品店を廻り、ついに一人の男が捜査線上に浮かんだ。
 
 本書の見どころは、メグレと容疑者の男の心理的な対決だ。エアコンのない猛暑のパリで、容疑者を追い詰める警視、頑として犯行を認めず、平然と言い逃れる容疑者。メグレ警視は、容疑者の家庭環境を調べ犯行に及んだ動機を究明していく。心理的探偵と言われるメグレ警視の本領発揮の一冊で、230ページあまりと簡単に読めるのもいいですね。