新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ロシアでの破壊工作

 作者の水木楊は、戦前の上海に生まれた元日経記者。国際政治ミステリー「1999年、日本再占領」で作家デビューしている。本書は歴史ドキュメンタリーで、日露戦争前から終結までの、情報将校明石元次郎大佐の活動を描いたものだ。

 

 

 日露戦争も、ある意味無謀な戦争だったといえるかもしれない。日露両国の国力には数~十倍近い開きがあった。例えば、

 

◆人口 日本4,000万人、ロシア1億6,000万人

◆政府歳入 日本2億5,000万円、ロシア20億円

常備軍 日本20万人、ロシア200万人

 

 という具合。だから満州を我が物にしたうえで、ロシアは日本の朝鮮半島への進出を妨害してきた。日清戦争にようやく勝って先進国の入り口まで来た日本には、立ちふさがる巨大帝国だった。

 

 しかし、ロシアもその内実には問題が多くあった。ロマノフ家の圧制は庶民の反感を買っていたし、社会主義勢力の水面下での台頭もあった。さらにポーランドフィンランドを施政下に置いていたが、これらの国では反政府勢力が一層強まっていた。

 

 近代日本の歴史上、最大のスパイの大物と言えば、この人明石大佐である。福岡県の貧しい士族の家に生まれ苦労して士官学校を出た人物。身なりにかまわず他人におもねらないので、評判は良くなかった。しかし作戦と数学(この2つには共通点がある)には異才を発揮したという。

 

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 語学の習得に関する彼の努力はすさまじい。一番得意なフランス語はもちろん、ロシア語・ドイツ語からマイナーなスウェーデン語まで操る。会話だけでなく、現地の情報の宝庫である新聞等も丹念に読み込むことができる。

 

 現地で「これは!」と思う人物を直感的に選び、ロシア内部での破壊工作に採用してゆく。満州で日本軍と対峙するロシア軍には少なくないポーランド将兵がいたが、彼らを脱走・降伏させることもした。支援した人物の中には、10余年後にロシア帝政を倒すレーニンたちもいた。ロシアの反政府勢力が5万丁の銃を求めたのに対し、3万丁弱を届けてもいる。陸軍の重鎮山県元帥が「明石とは恐ろしい男」と評したと本書にある。

 

 とかく日本軍は情報・諜報に弱いと言われるが、それは太平洋戦争での数々の失態が伝えられるから。本来日本民族にも情報戦を戦う能力はあるのだと、本書は教えてくれたように思います。