井沢元彦のデビュー作「猿丸幻視行」は、ファンタジーの味わいを付けた(実は)本格ミステリーである。なかなかに興味深い作品だったが、作者はその後「逆説の日本史」シリーズなど、歴史もので有名になり本格ミステリー作家とは誰も思わなくなっている。
本書もカバーには「長編歴史推理」とあるが、純粋にそうかというと疑問が残る。中心テーマは「もうひとつの関ケ原」である壬申の乱の直前、天智天皇の死を巡る謎である。近江と美濃の境に近い関ケ原は、古来近畿と東国を結び、北国街道・伊勢街道とも交わっている。重要な交差点だったことから、日本史で2度天下分け目の戦いが行われることになった。
本書は天智天皇暗殺説を追いかけるベッドデテクティブの話がメインで、「時の娘」や神津恭介のシリーズのように歴史の謎に挑んでいる。この話大変面白いのだが、並行して現代のジャーナリズムとテロリズムの戦いが描かれていて、その手法については疑問が残った。普通の自動車がバズーカの2発も喰らって乗員が助かるはずもないし、この部分の謎解きサスペンスも、決して面白くない。
歴史の謎に挑む関係上、古文書などが頻繁にでてきて読みづらい。ストーリーの起伏もつけづらく、長編に仕立てるには少々工夫が必要だ。だからといって、中途半端な現代ストーリーを交えるにはもったいない素材(天智天皇の死の謎)だと思いました。ちょっと残念・・・。