新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

あっしには関わりのねえこって

 日本のミステリーには独特のジャンルがあって、徳川時代に「目明し」という捜査官が犯罪を追いかける「捕物帖」というのがそれ。人形佐七などは、白皙の貴公子然としていて「人形のよう」だからその名がついている。神津恭介ではないが、イケメンは名探偵の条件のひとつである。

 
 一般に「捕物帖」は本格ミステリーか警察小説的なものが多いが、ハードボイルド系は見かけない。常識外の長い十手を振り回すヤクザもどきの目明し(名前も覚えていない)ものもあったが、さほど売れたとは聞かない。石ノ森章太郎佐武と市捕物控」というアニメの方が印象に残っている。佐武が009で、市が004の顔をしていたから覚えているというわけでもない。

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 時代劇ハードボイルドといえば、本書の「木枯らし紋次郎」シリーズが筆頭だと僕は思う。高校生のころ、TVドラマとして何シーズンか放映され、「あっしには関わりのねえこってござんす。ごめんなすって」というセリフは流行り言葉にもなった。
 
 紋次郎シリーズの短編集は20冊ほど出版されていて、本書にも5編が収められているから全部で100編ほどはあることになる。本書の題にもなっている1編「上州新田郡三日月村」は、紋次郎が10歳の時に家出した生地であり、ただ1編のルーツものである。
 
 小説としての紋次郎シリーズは、50ページほどの中に「意外な結末」がちゃんと入った、立派なミステリーである。虚無的な渡世人を主人公にしたことで、世相に対するナナメから見た評価ができるという面白さもある。さらに主人公が日本中を旅することから、司馬遼太郎街道をゆく」を彷彿とさせる自然描写もある。
 
 短編なので登場人物も少なく、ひねたミステリーマニアにとって「意外な結末」を見破ることは難しくないのだが、紋次郎の独特のセリフを楽しみながら次々と読みたくなる作品である。曰く、
 
 ・疑いもしねえ代わりに、信ずることもねえんで。
 ・そこに道がある限り、あっしは行かなくちゃならねえんで。
 ・手めえに頼れなくなった時には、冥土から迎えが参るんじゃねえんですかい?
 ・渡世人には明日という日はござんせん。今日がいつもおしめえの日になっておりやす。
 
 うーん、これこそハードボイルド。ハメットの色欲・金欲の探偵はもちろん、チャンドラーやロス・マクドナルドの孤高の探偵すら及ばない境地のように思いますね。